レオン・ノクティス。
この国の公爵であり、呪いを抱えた親友。
そして――僕が人生で誰よりも長く、強く、感情を注いできた相手だった。
幼い頃から共に育ち、笑い、時に喧嘩をした僕たち。
あいつが倒れたあの日、真っ先に駆けつけたのは他でもない、この僕だった。
呪いが始まった瞬間から、僕の人生は決まったんだ。
医者となり、癒術理院に入り、禁じられた記録にまで手を伸ばし――
ここまで研究者として突き詰めてきたのは、ただ一つの理由。
レオンを救うため。
それだけが、僕を動かした。
もちろん、もともと好きな分野だったこともある。
けれど、人生をかけてこの道を進むきっかけを作ったのは、彼の存在にほかならない。
……なのに。
ある日、突如として現れた妙な女が、平然とした顔で告げた。
『ティオ様が……レオン様に密かに叶わない想いを寄せてること、私は知ってるんです。』
……は?
あの瞬間、何をどうしてそうなるのか、心底理解できなかった。
僕とレオンの絆は、そんなものじゃない。
大切な親友であり、戦友であり、家族のような存在なのに。
それを――恋愛感情で語るなんて。
正直、腹が立った。
――最初は、変わった子だとしか思えなかった。
やたら距離を取るのに、妙なところでずかずか踏み込んでくる。
よくわからない理屈を並べて研究室に押しかけ、気づけば世話を焼いていく。
でもこちらが近づこうとすると、さっと背を向ける。
不思議な子だった。
けれど――
疲れきった夜に、握った小さな手。
何も聞かず、ただ隣で笑ってくれた時間。
三つ編みに結われた髪を見て、不意にこぼれた笑み。
そして挫けそうな時、あの子の『ティオ様なら、絶対にレオン様を救えます』という言葉に何度も救われた。
気づけば、彼女の言葉ひとつ、表情ひとつが気になって仕方がなかった。
彼女の行動に心が揺れるのを、はっきりと感じていた。
『君はタイプじゃない』
あの時、自分でそう言ったくせに。
「失礼なこと、言っちゃったな……」
なんてぐるぐる彼女のことばかり考える毎日。
――呪いが解けた日、長い戦いが終わった日。
最初に浮かんだ顔は彼女の顔だった。
一番に君のおかげだよって伝えたかった。
そして、もうひとつ。
……これからも、そばにいてほしいって。
だけどその日は、あまりにもいろんなことが押し寄せてきて。
僕自身も、疲れ果てていて想いを告げる余裕なんてなかった。
「……次に会えた時に伝えよう」
そう決めていたのに――
今、僕の前に現れた彼女は、まるで全てを終わらせるような顔をしていた。
「……先日呪いが解けましたし、もうすぐ原作が終わるんです。なので私、しばらく屋敷に引きこもろうと思ってます。」
いつもの明るさはなく、震えながら話す姿につい手が伸びそうになるのを堪えた。
「……なんで?いつでも来たらいいのに。」
「……このままじゃ、私原作を変えちゃうかもしれないから。……ティオ様の未来を壊したくない」
ぽつり、ぽつりと言葉を絞り出していく彼女。
「……だから少しだけ、距離を置かせてください。……レオン様の結婚式が終わったら……原作が終わったら、また会いに行ってもいいですか?」
正直、彼女の事情はよくわからない。
けれど――きっと“原作”を守るために、彼女は距離を取ろうとしている。
それほどまでに僕の未来を考えてくれているのだろう。
……でもその優しさが、今はただ、苦しかった。
本当は言葉で繋ぎとめたかった。
でも、彼女が決めたことなら尊重するしかなかった。
「……わかった。……待ってる」
そう告げると、彼女は研究室を去っていった。
今すぐ抱きしめて名前を呼びたかった。
想いを伝えたかった。
なのに、何もできなかった。
「……ルシフェリア」
知らなかった。
名前を呼ぶことしかできないことが、こんなにも歯痒いなんて。
遠ざかる足音に、胸の奥がきゅうっと締め付けられていく。
静けさが戻った部屋で、目に入ったのは彼女のカップ。
まだ少しだけ温かい。
それだけで、胸の奥が痛んだ。
――机の端のメモ用紙に、丸い文字で書かれた「ティオ様の好きなお菓子です、食べてください」の文字が残っていた。
「……ばか」
思わず独り言がこぼれる。
メモ一つで涙が出そうになるなんて。
彼女が書いた文字を指でそっとなぞる。
(どうしてもっと早く伝えなかったんだろう。僕は、ずっと彼女を……)
離れていく彼女の姿を見て、今さらながら気づいた。
こんなにも彼女が自分の中で大きな存在になっていたことに。
……レオン。
お前の呪いが無事に解けて、本当によかった。
だって僕は今――
ようやく、自分の人生を歩き始められるのだから。
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