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9話 切ない恋の始まり。呪われた公爵が聖女に出会った夜

××すぎるんです、公爵様・・・っ! レオン セレナ 切ない恋の始まり。呪われた公爵が聖女に出会った夜 ××すぎるんです、公爵様・・・っ!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。



月明かりが、そっと窓辺を照らしている。

レオンは深く椅子に腰掛けると、襟元に手をやった。
夜風が喉元をなぞり、ようやく落ち着いた気がする。

あの短い時間――
セレナの手に触れたあの瞬間が、今も脳裏から離れなかった。

「……まさか、あれほどとはな」

長らく苦しめられていた体が、信じられないほど静かだった。

呪いが解けたわけではない。
だが確かに、楽になったと感じた。

セレナに触れたときに訪れたそれは……一時的なものかもしれない。
それでも彼女もまた、体が軽くなったと話していた。

“偶然”と呼ぶには、あまりに出来すぎている。

(……やはり、彼女が“聖女”……なのか?)

彼女の持つ力と、自分にかけられた呪い――
そのふたつが触れ合ったとき、まるで儀式のように、お互いを和らげ合ったのだ。

触れていたいと感じたのは、単なる本能か。
それとも……

「……俺が、彼女に触れたいと思ってしまっただけか……」

その気持ちは、希望であると同時に――戸惑いも孕んでいた。


黒髪に黒い瞳。
聖女の条件に合致する“外見”――それだけのはずだった。

しかし、彼女はただの条件を満たす存在ではなかった。

(彼女は……まっすぐすぎる)

地位や欲望で近づいてくる者も、呪いに怯え、蔑む者は沢山いた。
だが彼女は、違った。

恐れも、疑いも、計算もない。
ただ、まっすぐに、すべてを受け止めるように自分を見ていた。

自分がどれだけ不遇な目に遭って来たか、彼女は過去を語ることはなかった。
だが伯爵令嬢でありながら不慣れなドレスに戸惑う仕草や、言葉に詰まる仕草……
それらが、彼女の生きてきた道を静かに物語っていた。

(……あの家では“不吉”とされたせいで、きっと……)

傷ついたはずなのに、誰も責めることなく、あの手を差し出してくれた。

「……守りたい、と思ったんだ」

額に手をやり、目を閉じる。
胸の奥に、熱の塊が渦を巻いていた。

(……これは“想い”なのか?)

自分は彼女の力がただ必要なだけ。

聖女としての資質、呪いを解く可能性――
だからこそ手を伸ばしたはずだった。

感情など排して、冷静に判断するのが“公爵”としての姿。
それが、これまでのレオン・ノクティスだった。

(……俺は、彼女の力を利用し、彼女には平穏な暮らしを提供出来ればと思っていた)

それなのに今は、
もっと触れたい。もっと知りたい。
そう思ってしまう自分がいた。

「……まずいな」

小さく漏らしながら、そっと胸元を押さえる。
あのときの温もりが、まだ残っていた。

柔らかく、優しく、心の奥を溶かすようなぬくもり――

(……このままではいけない。なのに彼女から目を逸らせなかった……)


“彼女を見ずにはいられない自分”がいる。
レオンはそっと目を閉じ、声にならない想いを込めて、その名を口にする。

「……セレナ」

ただそれだけで、胸が痛んだ。

夜の静寂の中、甘く切ない“名もなき想い”が、胸に灯り続けていた。






翌日の執務室ーー
食事も摂らずに執務室へこもるレオンを見て、従者のアレクはため息まじりに言った。

「……ちゃんと食事は取ってください」

「……食欲がないだけだ」

「奥様には、お伝えされたんですか?」

“奥様”という言葉を聞いた瞬間、レオンは手にしていたペンをぽとりと落とした。

「……リナには言った」

差し込む朝の光の中、再びペンを手に取ったものの――
視線は書類の一点に留まり、まるで内容は頭に入っていない様子だった。

「……公爵様、同じ行をずっと見ていますが」


堪えきれず、アレクが静かに声をかける。

「……ああ。すまない」

ぼんやりと応じると、レオンは書類を伏せ、重い沈黙の後、ぽつりと告げた。

「昨日……聖女様ー・・・奥様とは、うまくお話できましたか?」

「……ああ。話した」

アレクは頷くが、いつもの主とは違う雰囲気に、わずかな違和感を抱く。

「……触れたんだ、手に」

レオンは自分の右手をじっと見つめながら、静かに言った。

(……手だけ?……まさか、とは思うが)

一瞬、アレクの頭の中に言葉がよぎったが、それは口にはせず、いつもの口調で返す。

「……それで、どうでしたか?」

「……体が、少し軽くなったように思う」

「……!」

アレクの瞳が驚きに大きく見開かれる。

「接触が鍵だったのですね……!呪いの影響が弱まったのであれば、本当に良かった……」

レオンは小さくうなずいたものの、すぐに表情を曇らせ、視線を落とす。

「でも……どうにも、胸のあたりが苦しくてな。理由がわからない」

「…………」

しばし沈黙。
アレクは心の中で突っ込んだ。

(……公爵様、それはもう確定ですよ。完全に“恋”ってやつです)

声に出すのはやめておき、ただそっと息をついた。
そして胸の中で、小さく祈るように呟く。

(……公爵様も、まだ二十三歳。こうして迷いながら人を想う姿は、まるで普通の青年そのものですね。)

アレクはそっと微笑み、再び書類へと視線を落とした。


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