気づけば、私はティオ様とすっかり仲良くなっていた。
最初のうちは昼にお茶をしに行くだけだったのに、最近では夜にも足を運ぶようになっていた。
――なぜなら、最近のティオ様はどう見ても様子がおかしかったから。
寝不足で疲れた表情。
日に日に体が細くなっていく気がして、さすがの私も心配になった。
(……こんなに根を詰めているってことは、きっと今、原作で“レオン様の呪い”を解く最終段階なんだろうな。私は原作を変えないためにアドバイスもできないし、力にはなれないんだけど……)
でも、無理をして倒れられても困る。
だから夜にも様子を見に来るようになったわけだ。
(原作では、こんなにティオ様が苦しむ描写はなかったのに。あっさり手がかりを見つけて、すぐに解決していたのに……本当は、こんなに大変だったんだ)
そう――この世界の人たちは本当に生きている。
原作を読んでいたからといって、登場人物のすべてを知っていたわけじゃない。
私が見ていたのは、ほんの一面にすぎなかったのだと痛感した。
「……ティオ様」
机に突っ伏しながら本をめくる彼に声をかけるが返事はない。
空のカップがいくつも並び、震える指先を見て胸がチクリと痛んだ。
「少しでも横にならないとダメです。……眠らないと体を壊しますよ」
(ねえティオ様。レオン様と結ばれることはないのに、そんなに命削るみたいに頑張ってるの……?)
その姿があまりに健気で、眩しくて、切なくて――胸がぎゅっとなる。
(ティオ様……あなたって、どうしてそんなに真っ直ぐなの)
目の下にクマを作ったまま、ティオ様はふっとこちらに目を向け、小さな声で尋ねてきた。
「……どうして、君がこんなことを?」
「こんな姿の推し、放っておけません。……レオン様の呪いを解くことには関われませんけど、ティオ様の心配くらい、させてくださいよ」
(本当はレオン様が来て、毛布でもかけてくれたら完璧なんだけどな……)
私はティオの手からペンをそっと取り上げる。
「ティオ様なら、絶対にレオン様を救えます」
そう言った瞬間、彼の肩がぴくりと動いた。
返事はなかったが、その小さな反応が妙に心に残った。
「もう限界でしょう?少しだけでも横になってください。奥に仮眠室がありますよね?」
「……でも、まだ――」
「呪いを解く前にティオ様が倒れたらどうするんですか。レオン様のためにも休んでください」
諭すような声に押され、ティオ様はようやく腰を上げた。
私は彼の手を引き、研究室の奥にある仮眠室へと連れていく。
「はい、横になってくださいね」
大人しく寝台に横になるティオ様。
「髪、外してもいいですか?」
「……うん」
寝にくいだろうと、結んであった髪をほどいた。
(……うわ、さらさら……)
よほど疲れていたのか、すぐに寝息が聞こえてきた。
――そして、私は彼の髪に目を留める。
(原作ではもうすぐ切っちゃうんだよね。この綺麗な髪、もったいないな……)
そう思った瞬間、自然に指が動いていた。
(ほどいたけど、ちょっとヘアアレンジしちゃお)
長い茶髪を撫で、ふわりとすくい上げ、手早く三つ編みにしていく。
(できた。可愛い……寝てるうちに……)
ごそごそとノートを取り出しスケッチをして、静かに立ち上がろうとした時――
「ルシフェリア……」
名前を呼ばれたと同時に、彼の指が私の手に絡んだ。
寝ているとは思えないほど、しっかりと握る手。
(ティオ様……?)
でも彼は目を開けず、何も言わなかった。
(寝ぼけてるのかな……)
そっと手を握り返し、しばらく様子を見守った。
(ティオ様ってほんとスキンシップ好きだな……原作の番外編でもレオン様が言ってたし。距離感がおかしいって)
やがて規則正しい寝息が聞こえてきたので、静かに手を離す。
「……じゃあね。少しだけ、おやすみなさい」
そう告げて、私は部屋を出た。
◆
数時間後――
仮眠室の静けさの中で、ティオはゆっくり目を覚ます。
「ん……熟睡してたな。作業に戻らないと」
作業場に戻る途中、ふと鏡が目に入る。
三つ編みになっていることに気付き、ふっと笑みが零れた。
「……はは、ルシフェリアめ……」
自然と記憶が蘇る。
――あの小さな手のあたたかさと柔らかさ。
気づけば、無意識に自分の指先を見つめていた。
◆
その後も夜ごと様子を見に行き、彼が無理しないように見守り続けた。
疲れた顔をしていても、ちゃんと眠ってはいるようで少し安心した。
ただ見ていることしかできないのは、もどかしかったけれど。
――そして、しばらく経ったある早朝。
皇帝即位を知らせる号外が配られた。
(新皇帝が即位したということは……もう呪いが解けてるはず!)
原作では皇帝即位の数時間前にレオン様の呪いが解かれた。
すべてが終わり、彼らの戦いが報われた日――
真っ先に思い浮かんだのは、やっぱりティオ様のことだった。
(やっと終わったんだ。……倒れてないといいけど)
急いで私は癒術理院へと向かった。
研究室の扉を開けると、ソファで眠るティオ様の姿があった。
白衣はずり落ち、靴も脱げかけ、分厚い記録書が片手にある。
(ティオ様……)
私はそっと近づき、彼の肩を揺らす。
「ここじゃ風邪を引きますよ」
眠たげな瞳が私を見て、何かを理解したように細められ、少しだけ笑った。
「……ルシちゃ……全部、終わったよ……」
「はい。……お疲れ様です」
目元が赤く、少し潤んで見えた。
(私だけは知ってる。どれだけ頑張ってきたかを)
私は彼の手を引いて仮眠室へ連れていく。
寝台に横になったのを見て、毛布を掛けようとしたその瞬間――
「……ルシフェリア」
彼の手が私を引き寄せ、そのまま抱きしめられた。
「きゃっ!」
胸の中に倒れ込む形になり、温かい声が落ちてくる。
「……ありがと。君がいてくれて……本当に助かったよ」
ティオ様は横になったまま、私をぎゅっと抱きしめてくる。
声は温かかったけど、少し掠れていた。
(……長年頑張って来たんだもんな……切ないな、こんなに頑張ったのにレオン様への想いは報われないなんて……)
私も労わるように少しだけ、ぎゅっと抱きしめ返した。
(疲れてると、人肌恋しくなっちゃうよね。……レオン様の代わりにぎゅっとしてあげよう……)
しばらくすると寝息が聞こえてくる。
私はそっと体を離すと、乱れた髪の毛を優しく撫でて整えてあげる。
(ああ、やっぱり長い髪も素敵……原作によるともうすぐ短くなるし、この間も書いたけど今のうちに追加で描き残しておこう……こんなの何枚あってもいいからね)
しばらく見守って、彼がそのまま眠っているのを確認して、私は立ち上がる。
(……レオン様じゃないけど、”応援”してる人は、ここにもいますから)
そっと扉を閉め、私は部屋を後にした。
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