――それから、私は癒術理院へよく通うようになった。
ティオは毎回「また来たの?」と呆れたように笑うけど、ちゃんと相手をしてくれる。
この世界で唯一、私が転生者だと明かした人物。
それを聞いても態度は変わらず、疑いもしなければ深く追及することもない。
そんな彼は……今では正直、“心を許せる友達”になっていた。
今日もまた、彼が淹れてくれた紅茶を飲みながら、二人で他愛もない雑談をしていた。
「ティオ様、あの……絵を描いてもいいですか?」
「……絵? ……まぁ、好きにしたら?」
「例の妄想ノート……いえ、“聖典”に挿絵を付けたいと思ってたんです」
そう言って私はノートを広げ、そそくさと彼の隣に移動しペンを走らせた。
ーーーカリカリ。
「……まつ毛、長くて繊細ですね……」
「……………」
ーーーカリカリ。
「顎のラインも……すごく綺麗」
指でそっと輪郭をなぞると、ティオの喉仏がぴくりと動いた。
「…………っ」
ーーーカリカリ。
「わ……喉仏、動くの色っぽい……」
今度は首筋へと手が伸びてしまう。
「!! 君、本気でやってる……?」
「……え? あっ、ごめんなさいっ! ……夢中で……」
慌てて手を引こうとしたら、逆にティオに掴まれてしまった。
「……心臓に悪いんだけど……いちいち」
(……そんなに気に障った?)
「すみません、もう触りませんから……」
「いや……触るなとは言ってないけど」
そう言うと、彼は掴んだ手をぎゅっと握りしめ、そのまま見つめながら少し間を置いて問いかけてきた。
「……君、僕のこと……“推し”って呼んでたよね? 本当にただ応援してるだけなの?」
「え……? はい、もちろん。推しとして応援してます!」
私が即答すると、ティオは一瞬だけ目を見開き、それからわかりやすく肩を落とした。
(……え? なんかまずいこと言った? なんでそんな顔するの……?)
彼の手が、どうしてあんなに優しく震えていたのか……その時の私には、まだわからなかった。
(……もしかして、寒かったのかな……?)
◆
僕は、引っ込めようとした彼女の手を反射的に握っていた。
無意識のうちに。
その瞬間から心臓は落ち着かず、じんわり残る指先の温もりが鼓動と混ざって染み込んでくる。
(……少しくらい、意識してくれてたらいいのに)
そう思いながら彼女の反応をうかがい、顔を覗き込んでみた。
けれど――
「……それでですね!このページに“執務室でレオン様に壁ドンされるティオ様”の挿絵を入れたくて――」
彼女は当たり前のように話題を切り替え、楽しそうに続けていった。
(……え? ……まさか全然意識されてない……?)
期待した自分が、途端にバカみたいに思えて。
指先に残る熱だけが、やけに恥ずかしかった。
手をそっと離すと、ルシフェリアは何事もなかったかのようにまた描き始める。
視線を向けてくるたび、髪を描き足し口元を整えるたび、僕の心臓は確実に荒ぶっていった。
“推し”――。
その言葉の意味も、どこまで本気なのかも、僕にはまだ掴めない。
ただ一つ。
彼女の手に触れた瞬間、胸が強く鳴ったのは事実だった。
今までにない感覚。
僕はいつだって“変わってる”と言われてきた。
恋も人付き合いも、他人事のようで。
誰かに心を乱されたことなどなかったのに。
けれど彼女と出会ってから、何度もペースを乱されている。
突拍子もない発言を真顔で返すところ。
距離感ゼロの笑顔。
そして……あの瞳。
――君は、僕にとって一体なんなんだろう。
「そういえば……ティオ様の恋バナ、まだ聞いてませんよね」
ふとルシフェリアが手を止め、身を乗り出してきた。
水色の瞳がきらきらと輝く。
「……恋バナ?」
「はい、恋愛の話が聞きたいです」
予想外の問いに、カップを置いた手が止まる。
胸の奥がざわめく。
(……どうしてこんなに気になる? ただ、男として見られてないのが癪なだけ?)
よくわからないまま、彼女に少しでも気づいて欲しくて口をついた。
「……最近、やけに気になる人はいるけど」
そう言った瞬間、彼女の目がさらに輝いた。
「っ、やっぱり! ついに認めましたね……レオン様への想いを!」
うっとりと夢見る乙女のような表情に変わる。
「いや、違――」
否定しかけた声は、最後まで届かなかった。
彼女は妄想の世界へ突入してしまい、僕の声など耳に入っていないようだった。
「……で!やっぱり私が書く聖典では、体格差を一番大事にしてるんです!」
「……体格差?」
「はい! レオン様は背が高くてがっしりしてて筋肉隆々で……! だから繊細で細身なティオ様が受けになると対比が最高で――」
「……うけ?」
「はっ!? いえその、ティオ様は最高ってことです!」
慌てた様子の後、再び満面の笑みに戻る。
「だって! 白衣の下は華奢で儚げで、反抗する生意気な感じも良くて……でも押し倒されたら体格差あって、片手でぎゅっとされて、抵抗できない感じが……!」
「……ははは。随分と逞しい妄想力だね」
彼女には全く特別に思われていないのが痛いほどわかる。
それと同時に、自分に芽生えた気持ちとの温度差を突きつけられる。
さっき掴んだ彼女の手の感触。
温かくて柔らかくて……心臓が跳ね上がった。
(この気持ちは興味? それとも……もっと――)
問いが浮かんでは、彼女の弾む声にかき消されていった。
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