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6話 “黒髪が不吉”なんて、誰が決めたの?優しい侍女との出会い

××すぎるんです、公爵様・・・っ!レオンセレナ “黒髪が不吉”なんて、誰が決めたの?優しい侍女との出会い ××すぎるんです、公爵様・・・っ!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。


高い天井から降りそそぐ光の中、浴室はしんと静まり返っていた。
湯気がふんわりと立ちのぼり、大理石の浴槽には淡い香りの湯が張られている。
花の香りがかすかに漂い、水音だけがやさしく空間を満たしていた。

「どうぞこちらへ。着替えのご用意もございます」

案内を務める侍女――リナは落ち着いた声でそう告げると、セレナの様子をそっとうかがった。

「……大丈夫です、自分でできますので」

セレナのその言葉に、リナは表情を変えずに一礼し、少し離れた場所で控える。
使用人に支度を任せるのが当然とされる中で、自らを整えるその姿勢に驚かずに静かに見守ってくれていた。

(気を遣ってくれてる……けど、だからこそ余計に落ち着かない……)

どこかそわそわとした気持ちを抱えながらも、セレナはぎこちなく身支度を整え、肩の力を抜くように湯へと身を沈めた。

お湯が肌を包み込むように広がり、心の奥までじんわりと温まっていく。
肩を撫でる湯の温もりに、自然と深いため息がこぼれた。

「……気持ちいい……」

「今日はカモミールの香りをお選びしました。お疲れを癒していただければと、公爵様のご指示です」

「公爵様が……?」

「ええ。お嬢様の到着を心待ちにされていたようで、準備にも何度も立ち会われていました」

言葉の途中で、リナはふっと微笑んだ。

「それはもう、念の入れようで……。貴重な“温水循環の魔法石”まで貸し出してくださったんです。普段は公爵様ご自身の私室で使われているものなんですよ」

驚いたように湯の中でセレナが目を見開く。
それがどれほど貴重で、特別なことか。
世間に疎い私にも、なんとなく伝わってきた。

(……わたしに、そんな……。公爵様はなぜここまでしてくださるの……?)

湯船に顔を近づけると、ふわりとした甘い香りが鼻先をくすぐる。
白く小さなカモミールの花びらが、湯の表面をゆらゆらと漂っていた。

――まるで、心の奥に少しずつ染みわたっていく、優しさのよう。

自分のために整えられたこの空間。
その事実がまだ信じられず、どこか夢を見ているような気分だった。

ふと、背後から声がかかる。

「お嬢様。お疲れでしょうから、マッサージさせて頂きますね」


リナは香油を手に取り、そっとセレナの背中に触れた。
柔らかな手のひらがゆっくりと滑っていくたび、なんだかくすぐったくて――
セレナは思わず肩をすくめ、小さく笑ってしまった。

「ふふ……すみません、なんだか……」

「いえ、こちらこそ。お背中、くすぐったかったですか?」

くすくすと笑うリナにつられて、セレナもくすっと笑った。

湯上がりに用意された柔らかなタオルで髪を包まれ、そっと水分を吸い取られていく。
その手つきは驚くほど丁寧で、触れられるたびに、身体からこわばりが抜けていく気がした。

「とても綺麗な髪ですね。夜の絹糸のように滑らかで……」

その言葉に、セレナは思わず目を伏せた。

「……黒髪なんて、不吉だって……ずっとそう言われてきたんです」

ぽつりとこぼれた声に、リナの手がふと止まる。
しばらくの沈黙のあと、リナは静かに言った。

「どこがですか? とても気品があって、私は美しいと思います」

セレナは小さく目を伏せ、ためらいがちに尋ねる。

「……怖く、ないんですか。私のこと……」

リナは微笑みながら、ゆっくりと首を振る。

「怖いなんて。お優しそうなお嬢様に、そんな風に思う人はいないと思います。どうか、少しずつで構いませんから――楽になってくださいね。わたしのことも、リナと気軽に呼んでください」

心の奥に絡まっていた何かが、ふっとほどけたような気がした。
やさしい言葉に背中を支えられるような気持ちで、セレナは小さく微笑んだ。

「ありがとう、リナ。……よろしくね」

「はい。お任せくださいませ」

そう言って、リナは準備していたドレスをそっと手に取る。
淡い青色の生地に、繊細な刺繍が浮かび、ふんわりと広がるスカートが光を受けて柔らかに揺れた。

「お似合いになりますよ。……これから、少しずつ楽しみましょう」

鏡の前で髪を整えられながら、セレナはちらりと自分の姿を見つめた。
胸がきゅっとするような、でもどこか誇らしいような……初めて感じる感情が、ゆっくりと込み上げてくる。

(……こんな気持ち、初めて……)

リナが髪飾りをそっと添えると、仕上げのようにふわりと笑った。

「お嬢様、前髪を分けるのもお似合いになるかと!……いえ、すでにとても素敵ですけどね!」

その楽しそうな声に、セレナは思わず小さく笑った。

ぎこちないながらも、確かに、心が少しずつあたたまっていく。

新しい場所、新しい人たち――
きっと、ここで少しずつ、自分も変わっていける気がした。

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