昼間の日差しが研究室に差し込む。
ルシはこの数時間、まるで僕の存在を忘れたみたいに熱心に本を読みふけっていた。
僕はソファで本を読むルシの隣に、そっと腰を下ろした。
「……最近、後継者教育……ずいぶん熱心にやってるね」
そう声をかけると、ルシはぱっと顔を上げ、笑顔を見せる。
「えへへ、ただ可愛いだけじゃなくて、ティオ様がもーっと私のこと好きになるように……胸を張れるようなカッコいい女性になりたいんです」
その笑顔はまっすぐで、真剣で――。
昨夜あんな大胆なことをしてきたとは思えないほど、純粋な好意を僕に向けてくる。
(……どれだけ夢中にさせるつもりなんだ)
胸の奥が、また熱くなる。
「……これ以上好きにさせて、どうするの」
そう呟きながら、ルシを膝の上に抱き上げ、ぎゅっと抱き締める。
視線が重なった瞬間、ゆっくりと顔を近づいて、唇を重ねる。
深くは求めず、ただ温もりを確かめるような、静かで甘い口づけ。
ありふれた時間だけど、二人だけの大切な時間。
唇がゆっくり離れると、ルシは伏せていた瞳を上げ、僕に視線を向ける。
澄んだ水色の瞳が僕だけを映していて、あまりの綺麗さに見惚れていると、その瞳がふいに細められる。
「そういえば、アディいるじゃないですか?アディに誘われて、今度他の令嬢も一緒にお茶会することになって」
「……エルディア嬢か。作法とか大変だと思うけど……ルシならきっと大丈夫だよ」
ルシは僕の頬にすり寄るように頬を合わせて、そっと離れた。
「……ほんとは今日も一緒に帰りたいけど、お茶会のドレス選びするので……家に帰りますね」
名残惜しそうに見上げてくるその目に、胸がきゅっとなる。
「うん……またすぐ会いに来てね」
そう言って髪を撫でると、ルシはぱっと笑顔を見せた。
「うん、ティオ様大好き!……またね」
そう言って立ち上がる彼女を、最後まで目で追ってしまう。
その笑顔を胸に刻みながら、僕はまた一つ、彼女に夢中になっていくのを感じていた。
◆
私は、後ろ髪を引かれる思いで研究室を後にする。
(寂しそうに私を見送るティオ様……子犬みたいで可愛いかったな。私もひと時も離れたくないけど、昨日いっぱい充電したから……社交活動頑張ろう!)
そんなことを考えながら護衛と共に屋敷に戻ると、セシルがいつもの落ち着いた笑みで出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。お茶会のドレスはどうされますか?」
「それより!」
勢いのまま両手で彼女の手を掴んで、ぐいっと迫る。
「個人サロンから好きなやつ持って行っていいから、彼に披露してみて!きっと仲深まるから!」
「お、お嬢様……! そういう話は控えてください!」
「だって私たちしかいないじゃない。」
私が首を傾げると、セシルは一瞬言葉を失ったように固まる。
けれどすぐに小さく咳払いをして、話題を変えた。
「……アデライド嬢主催のお茶会で、他に二名ほどいらっしゃるんですよね?」
「ああ、そうそう。アディが私と仲良くなりたい令嬢がいるからって言ってたわ」
(アディ友達いないって言ってたけど……横のつながりはあるのね)
セシルが数着のドレスを抱えて見せてくる。
「お茶会でしたら、このあたりのドレスはいかがでしょうか?」
「……んーじゃあこれにしようかな」
私はその中の一着を手に取り、鏡の前に立って当ててみた。
「そういえば、アデライド嬢のほかにいらっしゃるのは……サンレイ伯爵令嬢、それからフェルネ子爵夫人、でしたよね?」
「そうそう、両家ともうちと同じく堅実派の家門だし、フェルネ子爵夫人は慈善事業してるみたいだし一度会ってみてもいいかなって思ってたの。お二人とも同年代みたいだし」
ちらっとセシルを見ると、ドレスに合うアクセサリーを着々と選別している。
「ありがとうセシル。しっかり着飾らないとね……お茶会という名の戦場だから……!」
息を吸い込み、ぐっと背筋を伸ばす。
「頑張って戦ってくるわ……!」
セシルは呆れたように小さく笑いながら、「はいはい」と頷いた。
可愛いドレスや宝石を眺めながら、ふと頬がゆるむ。
(……こういうのも、悪くないかも)
恋も社交も、後継者教育も。
なんだか全部、ちょっとだけ楽しくなってきた――。
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