それから私は、本に書いてあった内容を見様見真似で、“事業計画書”を書いてみた。
下着の保管所だということがばれないよう、しっかり事業っぽい感じに――会員制サロンだとか、女性の美を支える文化事業だとか、それらしい単語を並べて。
結果、お父様からは「ああ、やってみなさい。困ったらセシルに聞いてもいいぞ。彼女は有能だから」とあっさり許可が下りた。
(やっぱり事業って形にして正解だったかも……)
私は事業計画書の端に、しっかりお金の計算の欄も作り込んだ。
(一応、お父様に迷惑掛けないようにそういう計算もしっかりとね)
必要経費、仕入れ額、建物の初期費用……ぜんぶ見様見真似で算出。
(日本とは違うから帝国憲法とかもちゃんと読んだし、”堅実派”のお父様の悪評につながることはないはず!あくまで書類上は健全な事業計画……中身は私の下着保管所なんだけど!)
私は再度資料をぱらぱらとめくり、計算の再チェックを始める。
「……いや、別にそこまで気にしなくてもいいのかもしれないけど……一度気になったら調べ尽くしたくなるんだよね、オタク気質ってやつ?」
ぼそぼそと言いながら書類にメモを追加していく。
(収益がないのに費用ばかりかけてたら、不正を疑われかねないし……余計な誤解はされたくないから、ちゃんと健全な書類にしておかないと!)
と、真剣に”収益ゼロでも怪しまれないように”と必死で計算していたルシフェリアだったが──
この個人サロンが普通に人気になり、しっかり収益まで出てしまったせいで、”怪しまれないように”と悩んだ時間はまるごと無駄になることなど、まだ知る由もなかった。
◆
サロンの準備はあっという間に整った。
何せ、自分だけの収蔵庫だから。
カミラに大量のデザインイメージ画を押し付けると、「これでしたらドレスよりも短期間で出来ますが……すごい量ですね」とちくりと刺されたけれど。
――サロンは外からは中身が一切見えない、小さな建物。
今日、セシルと共に完成したサロンに足を運んだ。
(隠れ家みたい……!)
わくわくしながら足を踏み入れる。
扉を開ければ、そこにはただ――可愛い下着たちが整然と並ぶ夢の空間が広がっている。
シルクやサテンで作られた、まるで現代にあるような可愛らしいデザイン。
レースをふんだんに使った清楚なものもあれば、思わず息を呑むようなものも。
(気分によって、この中から好きな商品を選んで……そのままティオ様の所へ行くなんて最高ね!これはまさに夢のような空間!)
こうしてサロンが出来上がったその日、私はセシルに運営を丸ごと押し付けることにした。
(だって、貴族が大々的に事業してるってなるとちょっと角が立つみたいだからね。とりあえず、表に立つのはセシルってことで!)
さらに都合のいいことに、少し前にセシルがこう言っていた。
『お嬢様がティオ様の別邸に行っている間、私、とても暇です』――と。
「というわけで、運営はセシルに任せるわ。もちろん追加で報酬は払うし、お客さんは私だけだから、セシルはここに常駐しなくてもいいの。ただ、受け取りとか業務連絡があった時だけ対応してくれれば」
私が勢いよく言葉を並べるのを、セシルは黙って眉をひそめて聞いていた。
何か言いたそうな空気を察知した私は、セシルの肩を指でつん、とつつく。
「……セシルも“欲しい”って言ってたでしょ?いつでも持っていっていいから」
「…………はぁ」
長い溜息とともに、セシルは小さく頷いた。
「これでセシルも、彼氏と素敵な夜を過ごせるわね!」
「もう、お嬢様!」
セシルは頬を染めながら怒っていたが、きっとうまく立ち回ってくれるに違いない。
そして私は棚を前に、どれにしようかなと、しばらく腕を組んで悩んだ末――
「……今日はこれにしよっと」
真剣な表情で一枚の下着を手に取る私を、セシルが呆れ顔で見ていた。
(やばい、これ……最高すぎる……早くティオ様が喜ぶ顔が見たい!!やっぱここ作って正解だったわ)
胸の高鳴りを抱えたまま、私はそっとそれを包み、バッグに忍ばせた。
◆
準備を済ませ、心を弾ませながらティオの待つ別邸へと向かう。
玄関先で出迎えてくれた彼は、ほんの少し不服そうな表情を浮かべていた。
「……ルシ、何かやってたの? 夢中になると、すぐ僕のことほったらかしにするんだから」
私はにやりと笑って、そっと歩み寄る。
「ごめんなさい。でも、ティオ様が絶対喜んでくれる計画を練ってたんですよ〜。……この間言ってた、アレです」
「……え?」
何かを想像したのか、瞬く間にティオの頬が赤く染まる。
「――夜のお楽しみですね」
耳元で囁けば、彼の呼吸が一瞬だけ詰まるのが分かった。
期待を胸に、邸宅の中へと足を踏み入れる。
甘くて熱い夜が始まろうとしていた。
◆
ルシがお風呂から上がったあと、勧められるままに僕も浴室へ向かった。
湯に浸かりながら何度も「想像するな」と自分に言い聞かせる。
けれど、この後のことを考えるなと言われても無理な話だ。
脳裏に浮かんでは消える光景に、体が勝手に熱を帯びてしまう。
何とか煩悩を振り払って、髪が乾くのもそこそこに寝室へと足を踏み入れた。
そこで待っていたルシは――。
繊細なレースが肩から胸元にかけて流れ、腰のラインを強調する細いサテンのリボン。
視線がその下へ滑り落ち、薄い生地越しにわずかに透ける肌をとらえる。
その曲線が、呼吸のたびにかすかに揺れた。
喉が鳴る音が、自分でもはっきり聞こえた。
(……また、こんなことして……)
数時間前の彼女の笑顔と、「夜のお楽しみですね」という囁きが脳裏に蘇る。
ずっと頭の隅で燻っていた熱が、一気に燃え上がるのを感じた。
目が離せない。
一歩踏み出すたびに、彼女がわずかに後ずさる。
「……ルシ」
名前を呼ぶ声が、自分でも驚くほど低く、熱を帯びていた。
その一言で、彼女の肩がぴくりと揺れる。
レース越しの肩口に唇を近づけると、かすかに甘い香りが鼻をかすめる。
「……こんなの、見せられて我慢できると思う?」
囁く声が、互いの吐息に溶けていった。
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