朝、隙間から差し込む光が眩しくて目を開く。
けれど、起きようとした瞬間、腰から下がまったく言うことを聞かない。
「……あ、立てない……」
頭ではわかっていたけど、体が現実を突きつけてくる。
(軽い思い付きで言ったことだったけど、ほんとに……こんな漫画みたいなことになるんだ……)
昨夜の光景が一瞬で蘇り、顔が熱くなる。
「ルシ?……動けない?大丈夫?」
涼しい顔で隣から声が降ってくる。
「……だ、大丈夫です……」
無理やり笑顔を作るも、ベッドから半歩も動けない。
「……ふふ、自業自得だね」
彼の小さな笑い声が、昨夜の続きのように耳に残った。
ベッドから動けない私の額に、そっとキスが落ちる。
「今日は家でできる作業するから、ここでゆっくりしよ」
「いや大丈夫です……私のことは気にせず、研究室行ってきてください」
ティオは私の髪を指先で梳きながら、クスッと笑う。
「まぁ、僕のせいでもあるからね」
その笑みが優しすぎて、しょんぼりと目を伏せる。
「……また私がわがまま言ったから、ごめんなさい」
すると、彼は少し照れたように、ぽつりと答えた。
「ううん。ルシが可愛いお願いしてくれたから……実は僕も昨日が来るの、心待ちにしてた」
「……っ」
「……今度は翌日何もない日にしないと、だね」
顔を見合わせて笑い合い、もう一度ぎゅっと抱き合う。
こうして翌日の朝も、甘い時間は続いていった。
◆
動けない私の分まで身支度をしてくれると、私をソファまで抱き上げて運んでくれる。
「ほら、ここでゆっくりしてて」
「……はい」
二人でソファに腰掛けると、彼は優しく私の体を横にして、髪の毛を指でそっと梳く。
膝枕のまま、ティオはそのまま机に向かい、書き物を始めた。
ペンの走る音と、時折頭を撫でる大きな手の温もり。
(……本当に優しい……行動すべてが丁寧で思いやりがあって……)
仰向けで体を預けつつ、ふと横を見ればティオ様のお腹が目の前にある。
彼の香りが鼻をかすめ、意識がそちらに引っ張られる。
大人しくしていようと思うほど、どうしても気になってチラチラ見てしまう。
(……腹筋われてるけど、力入れてないときは柔らかいのかな。)
そんなことを考えながら、ごろりと体制を変え、お腹の方に体を向ける。
そしてそのまま、指先でちょんと触れてしまった。
「……ルシ」
「……はい?」
「そういうのは、元気になってからね」
苦笑しながらも、優しく私の額を指先でつつく。
「ほんと……油断するとすぐこれなんだから」
呆れたように笑いながらも、撫でる手は優しいままで。
「……ちぇ。大人しくしてます」
そう言って、膝の上でもう一度仰向けになると、帝国の法律の本をぱらぱらと読み進める。
膝のぬくもりを感じながら、ページをめくる手は自然と早くなっていく。
◆
ティオは書き物が一区切りついて、ペンを置いた。
膝の上で本を読んでいるルシの顔に視線を落とす。
(……真剣な顔も可愛い。最近頑張ってるみたいだな)
頬をそっと撫でると、無意識なのか目を細めて、ふにゃりとした表情に変わる。
そしてまたすぐ本に視線を戻す姿が愛おしくて、思わず口元が緩む。
(邪魔したら悪いけど……気持ちよくて、つい触っちゃうな)
指先でルシの頬や髪をなぞり、その柔らかさを確かめる。
本のページをめくる音と、膝の上の重みが心地よくて──
この時間が終わらなければいい、とふと思った。
頬を撫でていると、ふっとルシが上を向いてくる。
「……ティオ様、見すぎです」
「あ……ごめん、邪魔するつもりじゃなかったんだけど」
「……そんなに私のこと好きなんですか?」
迷いもなく頷く。
「うん……大好き、ルシ」
そのまま唇を重ね、軽く音を立ててキスをする。
くすぐったそうにするルシの表情が、胸の奥をさらに温かくした。
次の瞬間思いもよらない言葉がルシの口から飛び出す──
「今、めちゃくちゃえっちな下着作ろうと思ってるところなんで、楽しみにしててくださいね」
にこにこ顔でそんなことを言うルシに、言葉が詰まる。
「……え……?」
「また足腰立たなくなっちゃうかもしれませんね」
悪戯っぽく笑うその顔に、思わず視線を逸らす。
「……ルシ」
「はい?」
「……ほんと、油断ならないな」
小さく息をついて、その頬をむにむにと軽く摘まむ。
ルシは僕を見上げて表情を緩めたまま、小さく問いかける。
「嫌ですか?」
僕がなんて返事するかなんてわかっているような顔で。
「……嫌なわけない。可愛すぎて困ってる」
そういうとルシフェリアは満足そうに笑って、また本に視線を戻した。
上下に移動するルシの瞳を見つめながら、ちょっとしたいたずら心が姿を現す。
「ルシってば、可愛い顔して”そういうことばかり”考えてるの?困ったな、僕は体がもたないかもしれないな」
平然とした顔で言い切った瞬間
──バサッ
彼女の手から本が滑り落ちた。
「なっ……な、なに言ってるんですか!……ティオ様のバカ!」
耳まで真っ赤に染めて顔を覆うルシ。
その様子を見て、ティオはくすっと笑い、頬を指でつついた。
「え? 本当のことでしょ?」
「~~っ、悔しい……っ! もうこうなったら……絶対えっちな下着用意して誘惑してやる!!」
勢いで口走ったその言葉に、自分でも真っ赤になって慌てふためくルシ。
そんな姿が愛しくてたまらなくて、ティオの口元はまた柔らかく緩んだ。
(……また今日も、ルシに振り回されるんだろうな)
また彼女のわがままを沢山聞いてあげようと思う、穏やかな昼下がりだった。
☜前の話へ 次の話へ☞


