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51話 友達に教わった“覚悟”――侯爵令嬢の小さな決意

TL小説に転生した腐女子は推し様を攻めたい!ティオ ルシフェリア TL小説に転生した腐女子は推し様を攻めたい!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。


クラウスと別れたあと、私たちは街角のカフェに立ち寄り、テラス席へと腰を下ろした。
白いクロスの上に置かれたティーカップから、ふんわりと紅茶の香りが漂う。
アデライドはひとくちだけ飲んでから、頬杖をつき、うっとりと遠くを見つめていた。


(え、本当に……? わかりやすすぎない?)


私は思わず彼女の横顔を観察しながら、声を潜めて切り出した。


「ねぇ、アデライド嬢……クラウスに、一目惚れ……した、とか?」

「っ――ち、ちがいますわ!!」


ガタン、と音を立ててカップを置いた彼女の頬は、見る間に真っ赤に染まっていく。
その反応に私は思わず頭を抱えた。


(いやいや、クラウスって“綺麗な人を見たら声をかける”で有名なのに……アデライド嬢、大丈夫かな……?)


心配がぐるぐると胸を巡る。
けれど考え込んでも仕方ないと、私はわざと明るい声で話題を変えた。


「……ところで、アデライド嬢って、社交界にはよく顔を出してるんですか?」

「ええ。……あまり好きではありませんけど、お母様に“場慣れも必要”と叩き込まれておりますので」


先ほどまで夢見るようだった表情が、きゅっと引き締まる。
その変化に、私は思わず見惚れてしまった。


(やっぱりしっかりした人だな……)


「とはいえ、表面上の会話しかしませんわ。……まぁ、探り合いですわね」

「なるほど……なんか戦場みたい」

「ええ。誰がどの家と懇意にしていて、どういう立場なのか――特に“これから結婚相手を探す”ような年齢になれば、なおさらですわね」


アデライドは淡々と語りながら、紅茶をひと口すする。
視線はどこか遠く、ほんのり上気した頬に夢見る色が差していた。


(……絶対、今クラウスのこと思い出してる!)






一息ついたあと、アデライドがふと何かを思い出したように顔を上げた。


「――そういえば」

「ん?」

「あなたのドレスの件で、侯爵家、今けっこう話題に上がってますのよ」

「……え?」


首を傾げる私に、アデライドはカップを静かに置き、さらりと続けた。


「……よく話題に上がるからこそ、気をつけたほうがいいですわよ?」

「……?」

「あなた、侯爵家の後継者なのでしょう? もう少し、しっかりなさったほうがよくてよ」

「……え!」


目をぱちくりさせたまま固まる私を見て、彼女は真剣な眼差しを向けてきた。


「――あまり声を大にしては言えませんが、ミルフォード侯爵家は、我が家と同じく“領民に寄り添った”経営をしていますわ。けれど、すべての家門がそうとは限らない。なかには、自分たちの利益ばかりを優先して、平民の暮らしなど知ったことではない、という方もいます」


紅茶の甘い香りの中に、少しだけ緊張の空気が混ざった気がした。


(……お父様も、そんなこと言ってたな)



私は意外なほど大人びた彼女の言葉に、目を見張った。


「そういう家門から、“面白くない”と思われる可能性もありますわ」

「…………アデライド嬢、すごい……」


思わず感嘆の声が漏れた。


「アデライド嬢も、跡を継ぐとか?」

「私はお兄様がいますから……ただ、勉強してるだけですわ」


謙遜しながらも、背筋をぴんと伸ばして言い切るその姿に、胸の奥がじんわり熱くなる。


(……本当に立派。私と同年代とは思えない)


気づけば尊敬の眼差しで見つめていて、思わず口が勝手に動いていた。


「……ねぇ、私のこと……ルシフェリアでいいよ」


不意の提案に、アデライドは一瞬驚いたように瞬きをして――
ふっと柔らかく微笑んだ。


「じゃあ、私のこともアデライドで」

「……ううん、アディって呼ぼ」

「っ……ほんっと、図々しいんだから」


ぷいっと顔を逸らしたその横顔が、うっすらと赤い。
私はこっそり笑いを噛み殺した。

紅茶の湯気に包まれながら、彼女の可愛らしい仕草が胸の奥をくすぐる。


(……クラウスの件はさておき)


今日あらためて気づいた――
アディの強さも優しさも、私にとって見習いたいものばかりだってこと。

そう思いながら、私はそっとカップを傾けた。






カツ、カツ、と車輪が石畳を叩くリズムが、穏やかな揺れに混ざって耳をくすぐる。
ルシフェリアは馬車の窓に映る景色を眺めながら、アデライドの言葉を何度も思い返していた。


(……今まで、深く考えたことなんてなかった。ただ“楽しい”にまっすぐだっただけで)


けれど、彼女の言葉が静かに心に残っている。


(領地にはたくさんの人がいて、その暮らしを守るのが“侯爵家”の務めなんだ)


好きな布でドレスを作ることも、誰かを笑顔にすることも素敵。
でも、その“誰か”が安心して笑っていられるように――その土台を支えるのが自分の役目なのかもしれない。


「お父様、若いから……すぐに跡を継ぐってわけじゃないけど……」


ぽつりと呟いた声が、馬車の中で柔らかく響く。


(でも、もし私が“なんとなく”で後を継いだら……誰かが困るかもしれない)


思い浮かんだのはただ一人。


(……世界で一番、大切な、ティオ様)


彼の笑顔が脳裏に浮かぶ。
彼が安心して暮らせる世界を守りたい。
そのために、私も“守る側”にならなくちゃ。


(……もう少し、真剣に考えてみよう)


きゅっと唇を結び、背筋を伸ばした瞬間、窓の外から差し込んだ夕陽が、ルシの金髪を淡く照らした。

その瞳には、ほんの少しだけ――新しい決意の色が宿っていた。

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