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50話 貴族令嬢の休日――ドレスサロンで芽生えた友情と恋の予感

TL小説に転生した腐女子は推し様を攻めたい!ティオ ルシフェリア 貴族令嬢の休日――ドレスサロンで芽生えた友情と恋の予感 TL小説に転生した腐女子は推し様を攻めたい!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。


午前の光がやわらかく馬車の窓を照らし、軽やかな揺れが体を包み込む。
揺れるリズムに身を委ねながら、私はふと一通の手紙を思い出していた。


『この間のドレス、急いで着たかったから既製品を購入したものだったの。思っていたよりずっと着心地が良かったから、今度ちゃんと仕立ててみたいくて。よければ、ご一緒してくださらない?』


筆跡は整っていて、文面も控えめ。けれど行間からは、アデライドらしい誠実さと、少しの照れがにじんでいる。
その素直さが嬉しくて、自然と頬が緩んだ。


(あのあと何度か手紙のやり取りもして、お茶会にも誘ってもらった。……“友達”って言ってもいいくらいになれたのかも)


しかも、今日は一緒にドレスを選びに行く約束。
日本での感覚で言うなら、親しい友達とショッピングに行くようなもので――
胸の奥がくすぐったく、少し高鳴った。






待ち合わせの広場には、ちょうど同じ頃に二台の馬車が滑り込んだ。
扉を開けて外に出ると、陽光の下にアデライドの赤い髪がきらりと光る。


「お待たせしました」


ルシフェリアが笑顔で声をかけると、アデライドは軽くスカートの裾を摘んで優雅に一礼した。
その口調は、いつものように少しだけツンとした響きを帯びている。


「わたくしも今、来たところですわ」


澄ました横顔の端が、わずかに緩んでいるのを私は見逃さなかった。


(……ほんとは楽しみにしてたんだ)


そんな確信に、小さく笑みがこぼれる。
ふたりで並んで歩き出すと、石畳を踏む靴音が心地よく響いた。

ガラス扉をくぐった瞬間、香り立つ紅茶と香油の匂いがふわりと漂う。
奥から現れたサロンの責任者が、満面の笑みで出迎えた。


「ルシフェリアお嬢様! 先日の舞踏会でお召しになったドレス、大変ご好評をいただいております。あちこちから同じものをとご要望がありまして……まさに大人気でございます」

「……そうみたいですね。ありがとうございます」


頬をほんのり染めながら微笑む。
誇らしい気持ちと同時に、少しむずがゆい。


「今日はアデライド嬢のオーダーにご一緒したんです」

「まあ、それは光栄でございます!」


にこやかなやり取りが続き、室内は一層華やいだ空気に包まれた。






テーブルの上に並ぶのは、艶やかなサテンや柔らかなレース。
指で触れれば、するりと光が滑るような手触り。


「この深い青、とっても綺麗……」

「でも舞踏会ならこちらの赤も映えますわ。照明の下で輝く色ですもの」

「確かに、アデライド嬢には赤が似合いそうですね」


ふたりは布を重ねては首を傾げ、まるで子供のようにきゃっきゃと笑い合った。
やがてアデライドが少し顔を寄せ、囁くように言った。


「ねぇ……本当にこれ、あなたが考えたの? コルセットを付けないドレスなんて、最初は驚いたけれど、試したら信じられないくらい楽で」

「えへへ。私が楽したかっただけなんですけどね」

「……お母様からは、“そんなに楽していたらすぐ太るわよ”って叱られましたの」


思い出したように苦笑する彼女の横顔が、どこか愛らしい。


「でも……私も、ルシフェリア嬢みたいに“好きなことを好き”って言える人になりたくて。ほんの少しだけ反抗してみましたの」

「……アデライド嬢」


互いに見つめ合い、思わず笑いがこぼれる。
そして、ルシが口元を覆いながら小声で囁いた。


「ほんとのこと言えばね……」


アデライドの耳元に唇を寄せ、いたずらっぽく囁く。


「“婚約者のティオ様がすぐ脱がせられるように”って思って作っただけだったりして」

「――――っ!!???」


アデライドは椅子から飛び上がりそうな勢いで真っ赤になった。


「あなたっ!!そ、そういうことは外で言うものじゃありませんっ!!」


ぷるぷる震える肩を見て、ルシはくすっと笑う。


「ふふ、ごめんごめん。でも、好きな人ができたら便利かも?」

「……うるさいですわね!」


怒っているのか照れているのかわからない声に、ルシはますます笑みを深める。


「というかあなた、さっきからずいぶんくだけた口調ね」

「え、だって……もう友達だから、いいでしょ?」

「まったく……あなたは本当に礼儀知らずね」


そう言いながらも、アデライドの口元はほんのり緩んでいた。


「……まぁ、嫌じゃないですわ」


その頬の赤みが、何よりの本音を物語っている。






オーダーを終えたふたりは、陽気な鐘の音が響く通りを並んで歩いた。


「今日はいいお天気でよかったですわね。少し暑いけれど……」

「この辺り、日陰が多いから涼しくて助かりますね」


そんな他愛のない会話をしていたときだった。
ふと視線の先に、見覚えのある背の高い男性の姿。
癒術理院で何度も顔を合わせた――クラウスだ。


(街で会うなんて珍しい!)

「――クラウスーっ!」


思わず声を上げると、彼は気づいて穏やかに手を振ってきた。


「あ、ルシフェリア嬢。こんにちは」


にこやかに返す私の隣で、小さな息が漏れた。


「……王子様……?」

「――えっ?」


思わずアデライドを見ると、彼女は頬をほんのり染め、目を潤ませてクラウスを見つめていた。
まるで恋に落ちた乙女のように――。


(ま、まさか……アデライド嬢!?)


焦る私の脳内に、警報が鳴り響く。


(クラウスの“美人レーダー”が反応したら……!)


けれど、クラウスは淡々と微笑んで軽く頭を下げただけだった。


「お連れ様は……ルシフェリア嬢のお友達ですか?」

「はじめまして。クラウス・ウェルナーと申します。ルシフェリア嬢とその婚約者の友人です」

「……っ、アデライド・エルディアです」


いつものような軽口も、気障な褒め言葉もない。
完璧な“営業スマイル”のまま、クラウスは一礼して去っていった。

人混みに消えていく背中を見送りながら、私は小さく首をかしげる。


(……あのクラウスが、美人をスルーした?何か変……?)


視線を戻すと、アデライドがぽかんと立ち尽くしていた。
ふたりで顔を見合わせ、そっと笑い合いながら、カフェへと歩き出す。

――新しい友情と、少しだけくすぐったい午後の風が、静かにふたりを包み込んでいた。


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