数日後、お茶会当日――。
ミルフォード邸から少し離れた高台に建つ、エルディア公爵家の屋敷の前で馬車が止まった。
窓越しに見える白い外壁を前に、私はそっと深呼吸する。
(……まさか、私が“お茶会”に行く日が来るなんて)
この世界に来てからというもの、貴族らしい社交の場にはほとんど縁がなかった。
侯爵令嬢として挨拶や顔見せはこなしてきたけれど、こうして『遊びに来て』と私的に誘われたのは初めてだ。
(しかも相手は、公爵令嬢……!)
思い浮かぶのは、赤い髪を揺らしながら毅然と立つ少女――アデライド・エルディア。
誰が見ても美しいのに、少し不器用でツンとした態度が印象的だった。
(ああいうタイプ、案外気が合うんだよね……たぶん)
胸の奥で小さく笑い、私は馬車から降りた。
◆
通されたのは、柔らかな光が満ちる明るいサロン。
窓辺には花々が飾られ、テーブルには可愛いケーキと紅茶の香りが漂っている。
「ごきげんよう、ミルフォード嬢。……ずいぶんと遅かったですわね」
ティーカップを手にした赤髪の少女――アデライド嬢が、やや不満げに言った。
そのアンバーの瞳がぱちりとこちらを捉える。
「……こんにちは。今日は、お招きいただきありがとうございます」
「べ、別に……あなたが来たいなら来ればって言っただけですから」
言葉とは裏腹に、テーブルの上には山ほどのお菓子。
思わず心の中で笑ってしまう。
(もう、ツンデレ全開じゃないの……)
促されて席に着くと、アデライドはもじもじと指を組みながら、小さく声を落とした。
「……せ、先日は失礼したわ。その……いろいろと……」
謝っているようで、素直になりきれない声音に、笑みがこみ上げる。
私は彼女のドレスに目を留めた。
「……あれ、そのドレス、マルシュリーヌのですか? コルセットなしのタイプ」
びくり、とアデライドの肩が揺れる。
「ち、ちがうんです! べ、別にあなたが着てたのを見て、真似したわけじゃなくて!」
慌てて真っ赤になるその姿に、とうとう笑いを堪えきれなかった。
「ふふ……」
「違う、そういうことが言いたいんじゃなくてっ……ご、ごめんなさいっ!」
勢いよく立ち上がったアデライドが、深々と頭を下げる。
「本当は先日も……ミルフォード嬢と仲良くなりたくて話しかけたんです。でもいつも意地張っちゃって、嫌なことばかり言っちゃって……。本当はあのドレスもすごく素敵だなって思ってましたの。ごめんなさい」
真っ直ぐに言葉を紡ぐ姿に、胸の奥がきゅうっと温かくなる。
気づけばぽつりと口をついて出ていた。
「ツンデレの威力って、すごいなぁ……」
「……つん……でれ……?」
「いえ、アデライド嬢が本心で言ってないこと、すぐわかりましたから。気にしてませんよ。それに……そのドレスを着てくれて、嬉しいです」
紅茶の香りに包まれながら、二人の距離がゆるやかに縮まっていく。
「アデライド嬢。私のことも、名前で呼んでください」
アデライドは一瞬目を見開き、すぐに視線を逸らした。
「……どうしてかしら。あなたと話していると、つい口調が乱れてしまいますわ。……それにあなた、もう私のことを名前で呼んでますのね、ルシフェリア嬢」
不満そうな口ぶりとは裏腹に、声の端はわずかに緩んでいた。
「嫌じゃないくせに」
「~~っ、べ、別に嫌ではないですけどっ!」
顔を赤くして横を向く彼女が可愛くて、笑みがこぼれる。
「私、両親から“公爵令嬢として見くびられないように”って厳しく育てられたの。だから強がってばかりで、同年代の友達もいなくて……。だからあなたが普通に話してくれて、嬉しかったの」
ふと漏らしたその言葉に、私は目を瞬かせる。
(そっか……うちは自由すぎるくらいだったけど、彼女は正反対なんだ)
そんなことを思いながら、静かにカップを置いた。
「ふうん……でも、こんなに綺麗で中身も可愛いのに。みんな見る目ないんですね」
「~~~~っっっ!?!?」
一瞬で顔を真っ赤にして叫ぶアデライド。
「そ、そういうことを軽々しく言うものじゃありませんっ!!」
「ふふ、ごめんなさい。でも本当はすごく素直なんだなと思って」
「~~~っ!!!もう知らないっ!!」
立ち上がりかけたアデライドの手を、私はそっと取った。
「……アデライド嬢。私もずっと屋敷にこもってたから、友達になれて嬉しい」
「………………ばか」
その小さな呟きに、頬が緩む。
照れたように顔をそらす彼女に、ふと思いついて尋ねた。
「そういえば、アデライド嬢には婚約者はいないんですか?」
「えっ、わたくし?」
アデライドは少し間をおいて、カップを置きながら姿勢を正す。
「高位貴族の未婚男性は今ほとんどいませんから。……陛下を除けば、ですけど」
「……?」
アデライドは少し声を落とし、ひそやかに囁いた。
「大きな声では言えませんけれど……陛下は“男色家”という噂がありまして」
「ええええ!?!?」
「!? ルシフェリア嬢、声が大きいですわっ!」
思わぬ爆弾発言に、頭がフル回転する。
(え、ちょっと待って……あのレオン様似の美形が!? いとこ同士だし……ティオ様と三角関係とか……ありでは!?)
妄想スイッチが全開になり、思わず頬が緩んだ。
(やば、不敬かも。でも……ティオ様を取り合うなんて、尊すぎる!!)
そんな様子にアデライドが心配そうに眉を寄せる。
「大丈夫……?」
「あ、大丈夫。ちょっと妄想が暴走しただけで……」
「妄想……? まあいいですわ。私には婚約者はいませんけど、立場的に政略結婚になると思います。でも……恋、してみたいなって」
もじもじと紅茶をかき混ぜながら、彼女はそっとこちらを見る。
「素敵な方に出会えるといいですね。アデライド嬢はとても魅力的ですから」
「……ふん。……あなたたちがダンスしてるのを見て、ちょっといいなと思っただけですわ」
照れくさそうに顔をそむける彼女を見て、私は心の中で小さく笑った。
ツンデレって、本当に可愛い。
少しの沈黙のあと、アデライドが勇気を振り絞るように口を開いた。
「……また、お茶してくれますか? それから……街に出かけて、一緒にドレスを選んだりも、してみたいの」
その言葉に、私はぱっと顔を明るくした。
「もちろんです。誘ってくれてありがとうございます」
柔らかく笑みを返したその瞬間、胸の奥にあたたかいものが灯る。
――この世界で初めてできた、同年代の“女の子の友達”。
ツンと澄ました顔の奥に隠れた素直な笑顔が、たまらなく愛おしい。
(……また会いたいな)
お茶会は、午後の陽射しに包まれながら、静かに幕を閉じた。
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