ティオ様の別邸で夜を共に過ごし、朝になれば彼を見送って自室に戻る。
――それは、もうすっかり日常の一部になっていた。
今日もいつも通り、ソファに腰を下ろして一息ついたところで、セシルが封筒の束を抱えて現れる。
「お嬢様、式典の後からご招待状が何通か届いております。それと――こちらには、プレゼントも一緒に届きました」
「プレゼント?」
差し出された小さな包みの上には、丁寧な筆跡で「ルシフェリア・ミルフォード様」と書かれた封筒が添えられていた。
視線を落とした瞬間、差出人の名前が目に留まる。
――アデライド・エルディア。
その名を見て、ルシフェリアの脳裏に、燃えるような赤髪の少女が浮かんだ。
(あぁ、あのツンデレ令嬢!)
初対面のとき、少しとげのあった彼女の態度を思い出し、ルシフェリアの口元に自然と笑みがこぼれる。
封を開けると、几帳面な文字が整然と並んでいた。
『この前は、式典で無礼があったこと、お詫び申し上げます。改めてお礼も兼ねて、お菓子を贈らせていただきました。もしご都合が合えば、次は我が家へお越しいただけますと幸いです。 アデライド・エルディア』
読み終えて包みを開くと、香ばしい焼き菓子が整然と詰められていた。
その可愛らしさに、思わずふっと笑みがこぼれる。
「……わかりやすいツンデレ。セシル、すぐに返事書くからちょっと待ってて」
アデライドへの返信を書き上げ、封蝋を押してセシルへ手渡した。
「お茶会、楽しみにしてますって伝えておいて」
「かしこまりました、お嬢様。……侯爵様と奥様が後ほど一緒にティータイムをしたいとのことでしたよ。」
そう言いながら身支度を整えてくれ、セシルは静かに一礼して部屋を後にした。
◆
テラスに出ると、昼前の光が心地よく降り注いでいた。
すでに両親が席に着き、穏やかな笑みを浮かべながらお茶を楽しんでいる。
母は優しく微笑み、父は冗談を交えながら、まるで恋人のように談笑していた。
その光景に自然と表情が緩み、ルシフェリアも静かにその輪に加わる。
「ごきげんよう、お父様、お母様」
「いらっしゃい、ルシフェリア。今日も愛らしいわね」
「元気そうでなによりだ」
軽やかに挨拶を交わし、席に腰を下ろす。
香り高い紅茶の湯気が風に溶け、ほっと息をついたその時――父の快活な声が響いた。
「ルシフェリア! お前の考案したドレス、大人気らしいぞ!」
「……はい?」
思いもよらぬ言葉に、ルシフェリアはカップを持ったまま固まった。
瞬きを繰り返しながら、まるで冗談でも聞かされたかのように父を見つめる。
「いやな、ドレスサロンに問い合わせが殺到してるらしい。お前が着ていたあのドレスだ。『同じ形のものが欲しい』と注文が何十件も入ってるそうだ」
「……え、そうなんですか?」
式典当日、『コルセットをしないなんて』『ウエストが太く見える』とささやかれていた声を、今も鮮明に覚えていた。
(フォローしてくれた令嬢もいたけど、ひそひそ話の方が多かった気がするけどな……)
思わず内心で苦笑する。
けれど、紅茶を口に運びながら、胸の奥が少し温かくなった。
(……本当は羨ましかったってこと? まったく、貴族社会って面倒ね)
父は上機嫌でさらに続ける。
「見返りを求めて後援しているわけではない。だが、後援しているサロンが名声を高めれば、ミルフォード家の評価も上がる。しかもそれがルシフェリアの発案となれば……父として鼻が高い」
「え……いやあの……そんなつもりで作ったわけじゃないんですけど……」
「ふふ、あなたは気づいていないだけで、いつも誰かを幸せにしているのよ」
母はおっとりと微笑み、父は胸を張って笑っていた。
(……いやいや、あのドレス作った理由って……式典で楽したかったのと、ティオ様に可愛い姿見せたかったからなのに……!)
思わず目を逸らすルシをよそに、父は熱く語り続ける。
「それに、サロンが繁盛すれば仕立て屋や生地業者も潤う。運ぶ人の仕事も増える。領地全体の生活も安定する――お前のしたことは、そうやって広がっていくんだ」
その言葉に、ルシフェリアははっと息をのんだ。
自分の小さな思いつきが、そんなふうに多くの人へ影響するなんて考えたこともなかった。
「……よくわからないけど、誰かのためになったなら、よかった……です」
素直な笑みがこぼれ、肩の力がふっと抜けた。
(私って単純ね……でも――)
この機会に、もう少し学んでみてもいいかもしれない。
そう思った瞬間、昼の風が頬をなで、ティーカップの縁がきらりと光った。
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