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45話 社交界で“推し様”と並んで再デビュー

TL小説に転生した腐女子は推し様を攻めたい!ティオ ルシフェリア 社交界で“推し様”と並んで再デビュー TL小説に転生した腐女子は推し様を攻めたい!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。


足を踏み入れた瞬間から、会場のいたるところから視線が向けられる。
煌びやかなシャンデリアの光が揺れ、人々の瞳がまるで星のように瞬いていた。


(……なんか、見られてる?)


胸の奥に小さな緊張が走り、思わず首を傾げる。
けれど隣を歩くティオ様は、いつも通りの穏やかな表情で、何事もないように歩を進めていた。


「ティオ様、なんか……みんな私たちのこと見てます?……ティオ様が色っぽいから?」


冗談半分に囁くと、彼が一瞬肩を震わせ、吹き出す気配がした。


「……僕たちがお似合いだからかもしれないね?」

軽やかな声に、思わず二人で顔を見合わせて笑う。
そのまま、ぎゅっと手を握りなおすと、熱が伝わって、少しだけ心が落ち着いた。

――その後、玉座前での拝礼も滞りなく済ませ、注がれる視線にも少しずつ慣れてきたころ。

ふと、楽団の演奏が切り替わる。
柔らかな弦の音が空気を包み、ざわめきが変わるのを感じた。


「……歓談の時間、みたいですね」

「うん、ちょっと移動しようか」


互いに微笑み合いながら、ふたりはゆっくりと歓談スペースへと向かうことに。



宮廷楽団が優雅な旋律を奏でるなか、会場は次第に和やかな空気へと変わっていった。
テーブルの上ではワインがきらめき、刺繍の光るドレスが波のように揺れる。
香水と花の香りが入り混じり、夜の甘い空気が満ちていた。


「飲み物取ってくるから、少し待ってて」


ティオ様が席を外し、私は会場の隅で静かにグラスを手にした。
わずかな緊張が解けていく。

――そのとき。


「まぁご覧になって。あのドレス、コルセットしてませんわね?あれではウエストが太く見えるわ」

「ほんと。胸元は飾っても、腰回りは隠せませんわね」


近くの鉢植えの陰から、ひそひそとした声が聞こえた。


(わかりやすく悪口言われてる……なんか貴族っぽい……!)


笑いそうになるのをこらえながら、ルシは息を整えた。
悪口のひとつやふたつ、今の彼女にはもう怖くなかった。
動きやすくて、息が詰まらなくて――そしてティオ様が「似合ってる」と言ってくれた、それだけで十分。

そんな想いを胸の奥にしまっていたとき――

「ミルフォード嬢、ごきげんよう」


顔を上げると、見覚えのある令嬢たちが並んで立っていた。
鮮やかな色のドレスを纏い、頬を上気させながら微笑んでいる。


(この子たち、この前のドレスサロンで会った子たちだ)


「先日はお世話になりましたわ」


にこやかに会釈を交わすと、彼女たちは声を弾ませた。


「変なこと言ってる方たちのことは気にされないでくださいね。あの方々も、内心では羨ましいと思っているだけですのよ」

「このドレス、本当にコルセットなしで着用できるのですか?それなのにラインがすごく綺麗で……サロンに伺って、ぜひ拝見したいです」


たったその一言で、胸の奥がふっと温かくなる。


「……嬉しいです。ありがとうございます」


悪意のある視線もある。
けれど、こうして真正面から笑いかけてくれる人もいる――そう思うだけで、心が軽くなった。

令嬢たちと挨拶を済ませ、静かにティオ様を待っていると、近くから声が降ってくる。


「ごきげんよう」


ぱたん、と軽やかな足音が近づき、振り向くとそこにいたのは赤い髪に金の瞳を持つ令嬢。
炎のような髪が揺れ、金糸のドレスが光を反射している。

姿勢は完璧、けれどどこか肩肘を張ったような堅さがあった。

「ごきげんよう。はじめまして――」

「アデライド・エルディアですわ。ルシフェリア・ミルフォード嬢、長らく社交界にはお顔を出されていませんでしたのに、本日はいらっしゃったのね」

名乗りに合わせて、金の瞳がわずかに細められる。
その光に、思わず息を呑む。

(エルディア家……お父様が“堅実派”って言ってた公爵家……!)

「そのお召し物、とてもお可愛らしいですわ。……まるで“寛ぎの場”にふさわしい趣向のようにお見受けいたします」

「……?ありがとうございます。コルセットなしでも綺麗に見えるように作ってあって、すっごく動きやすいんです」

笑顔で答えた瞬間、背後に控えるセシルがこっそりと耳打ちした。

(お嬢様、今のは“ウエストを締めないなんてよく人前に出られますね”という意味です)

(え、そんな意味が隠されてたの!?さすが貴族、攻撃が上品すぎる……!)


セシルとそんなやりとりをしていると――
給仕がワインを運んで通り過ぎた瞬間、トレイの角がアデライドのドレスに引っかかった。


「っ――!」


布地が揺れ、彼女の身体がよろめく。
私は反射的に腰へ手を回し、ぐいっと引き寄せた。


「大丈夫ですか?」


視線が近づき、距離が一気に縮まる。
金の瞳がかすかに揺れ、彼女は息を呑んだ。

次の瞬間、ぱっと顔を背け、慌てて体を離す。
そして、近くにいた給仕へ鋭い視線を向けた。


「……あなた――!」


怒りの矛先を使用人に向けかけたその唇の前に、私の指がそっと伸びる。


「アデライド嬢」

柔らかな声とともに、穏やかな笑みを浮かべる。

「……怒るより、笑っていた方が綺麗ですよ」

一瞬の沈黙。
アデライドの頬がみるみる赤く染まり、瞳がわずかに揺らいだ。


「……っ、余計なお世話ですわ!」


ドレスの裾を翻して去っていく。
けれど、その耳の先まで赤いのを私は見逃さなかった。

ほんの一瞬、アデライドの足が止まる。
振り返りかけた横顔が陰に沈み、すぐに真っ直ぐ前を向き直る。
ドレスの裾を握る手が、どこか震えていた。

(ふふ……可愛い)


「お嬢様、大丈夫ですか?怪我なさってないですか?」


セシルが慌ててドレスを整える。


「もう、ほんとお嬢様は突拍子のないことを……それに、“アデライド嬢”ではなく、“エルディア嬢”とお呼びください」

「あぁ、そうだった。……でも問題ないわ。怒ってるようで怒ってなさそう。あれは満更でもない顔だったから」

「…………?」


そこへ、二つのグラスを手にティオが戻ってきた。


「お待たせ。……って、なんか騒がしくなかった?大丈夫?」


心配そうに眉を寄せる彼に、にっこりと笑って答えた。


「ううん、大丈夫です。ちょっと――ツンデレ令嬢と遊んでいただけです」

「……つんでれ?」


彼が小首をかしげるのを見て、思わず笑いを噛み殺した。

こうして、ルシフェリア・ミルフォードは――
久しぶりに社交界へと、その華やかな姿を戻したのだった。


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