数日後。
カミラからドレスの仕上がりの連絡を受け、ドレスサロンで最終調整の打ち合わせをしていた。
出来上がったドレスを試着して、くるりと回って見せる。
「よくお似合いです」
「ありがとう。さすがカミラ!このドレス……めちゃくちゃ可愛いし、きつくないし、これだったら式典中もやり過ごせるはず!」
「ミルフォード嬢は久しぶりの社交の場だと聞いたので、苦しくならないようなるべく伸縮性が出るように調整しました」
カミラは苦労したんですよ、と言いながらも誇らしげに笑っていた。
「それと、こちらが頼まれていたものです」
そう言って手渡された、綺麗にラッピングされた包みをバッグに忍ばせてティオ様の研究室へと向かった。
***
慣れた足取りで癒術理院に入ると、ホールの隅でクラウスが書類を抱えて誰かと話していた。
手が空いたところを見計らって、後ろから声をかける。
「クラウス、いつもホールで会うけど、ちゃんと仕事してるの?」
私後ろから声を掛けると、ぱっと振り返り笑顔を見せた。
「あ!こんにちは、ルシフェリア嬢!……それは君がいつも休憩時間にくるからじゃない?」
「それもそうか」
目を見合わせて笑った後、そのまま前から気になっていたことを切り出した。
「ねぇ、ティオ様がすごいって事は知ってるんだけど……お父様が”時の人”とか言って騒いでたの、本当?」
「……え、まさか知らなかったの?あんな感じだけど、めちゃくちゃすごい人だよ?」
クラウスは、ちょっと信じられないという顔をして続ける。
「公爵様の呪いを解いた後でさ……後世に残るくらいの論文まで出してたんだ」
「…………」
あまりの事実に開いた口が塞がらなかった。
私が屋敷に引きこもって、毎日涙を流しながら”聖典”に挿絵を付けていたその時にも――
(ティオ様は、あの期間に……論文を完成させて、国中が騒ぐような研究発表をしてたなんて……同じ時間を過ごしていたはずなのに……やっぱりティオ様って、すごいんだ)
胸の奥が、じんわり熱くなる。
この人の隣に立つなら、私だって――少しでも誇れる自分でいたい。
「……これはティオ様は私のだとアピール、もっと頑張らないとね……こんな完璧な人間、モテないわけがない!」
「……はいはい、アピール頑張ってね」
クラウスは肩をすくめつつも、口元にかすかな笑みを浮かべた。
その目は、友人としての温かさを隠しきれていなかった。
***
廊下を歩きながら、研究室の扉が見えると自然と歩幅が速くなる。
窓から差し込む光が、ドアの真鍮の取っ手をやわらかく照らしていた。
その取っ手に手をかけ、軽くノックしてから入る。
「ティオ様~」
ソファに腰掛ける彼の隣にそっと座ると、カミラからもらった包みを差し出す。
「はいっ。生誕祭の日に、これ全部つけてくださいね」
「え?」
「ネクタイと、ポケットチーフを私のドレスと同じ生地で作ったんです。そしてこのカフスボタンは私のパールのピアスを細工してもらったものです!」
次々に袋から取り出して、説明しながら見せる。
その様子を見て、ティオはにやりといたずらな笑みを浮かべた。
「……ありがとう。これでルシが”僕のもの”ってみんなわかるね」
「違いますよ、ティオ様が”私のもの”なんですっ!」
そして――
ティオはルシフェリアの膝に手を添えて、顔を覗き込んだ。
「そんなに僕が誰かにとられるの、心配なの?」
「……はい。すっごく。私、嫉妬深いので……!それにお父様もクラウスもティオ様はすごい人なんだよって言ってたから。みんな好きになっちゃうなって……」
そう私が呟くと、少し笑って「そんなことないよ」と謙遜したと思ったら、綺麗な顔がそっと近づいてきて。
「……なら、ちゃんと安心させないとね」
そういうと、ちゅっと音を立てて軽く唇が触れた。
「ちゅっくらいだと安心できないですよ? ティオ様が私のだって、ちゃんと私が教えてあげます」
ティオの膝の上に乗ると、彼の首に腕を絡めて、顔をぐいっと引き寄せた。
「ね、ティオ様……こっち見て」
「……ルシ」
甘く呼びかける声の直後、唇がそっとティオの唇に重なる。
喉から甘い声が漏れて、私の体も徐々に熱を帯びて来る。
そして一度唇が離れると、ぽつりと――
「……ルシっ、ここ研究室だよ……っ」
制止するような口調でそう言われた。
「でもティオ様、もっとして欲しいって顔してる」
「ルシ……帰ってからにしよ?」
潤んだ瞳でそう言われ、あまりの破壊力に折れそうになりながらも、彼の耳元に口を寄せた。
そのまま小さく囁くように呟いた。
「ねぇ、ティオ。声我慢するから……」
耳から唇を離し、正面から見つめると顔を真っ赤にした彼がいた。
(……やばい、やばい……可愛すぎる……)
彼の喉が、ためらうようにひとつ動いた。
息を吸う音が静かな部屋に溶け、二人の距離だけが熱を帯びていく。
ふっと伸ばした指先が触れた瞬間、
心臓の音が、外の世界をすべて押しのけた。
***
静まり返った研究室に、呼吸の音が小さく響いている。
ルシフェリアは、息を整えながらティオの胸に体を預けていた。
白衣の布越しに伝わる鼓動が、まだ速い。
「……大丈夫?」
低く囁く声が、頭のすぐ上で震える。
返事の代わりに、彼の膝の上でそっと首をすり寄せた。
「……うん、ちょっと力入らなくて……」
ティオは苦笑して、背中をゆっくり撫でる。
髪をすくような指先がやさしくて、眠気が滲む。
「……ねぇ、ルシ……全然静かにする気なかったでしょ」
そう言って、目を細めたかと思うと、下唇をかぷりと甘噛みされた。
「……だって、ティオ様が可愛いから悪いんです!」
「……まったく君は、困った人だな」
ティオの胸にぎゅっと抱きつきながら、ルシは幸せを噛みしめるように目を閉じた。
優しい声、温かな手が体の中をじわじわと満たす。
「ふふっ……そうだ、生誕祭、楽しみですね」
「……今このタイミングでそれ?」
白衣の匂いと、微かに混ざる薬草の香りだけが残った。
――世界の音が戻るまで、しばらくそのまま、抱き合っていた。
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