ふわりと朝の光が差し込むなか、目を覚ましたルシフェリアは、ゆるく寝息を立てるティオの横顔を見つめて、そっと笑みを浮かべた。
(可愛い……)
起こさないように優しく頬を撫でながら、昨夜の甘い時間を思い出す。
(……疲れたな……というか昨日……良かったな……)
ひとりで思い出し笑いを浮かべながら、そっと隣に視線を戻す。
ティオの、柔らかく乱れた髪に指を滑らせるように前髪を分けると、整った眉とすっと通った鼻筋が露わになる。
「……綺麗な寝顔……顔が良すぎる」
長い睫毛が、影を落とす。
柔らかそうな唇。
顔立ちは中性的で、穏やかな表情で眠っている。
だけど、時折わずかに動く喉仏の小さな動きに、思わず喉を鳴らす。
(……あぁ、色気が……こんなに綺麗なのに、男の人なんだ)
思わず手が伸びる。
さらさらの髪を撫で、額に触れ、次に顎のラインへ。
(起こしたら悪いけど、もうちょっと触りたい……)
息を潜めて、そっと指を伸ばす。
光の下で、喉仏の線がゆっくりと浮かび上がっていた。
ルシフェリアは、ほんの出来心で――そのラインを指先でなぞった。
(……これはスケッチしないといけない……)
指の腹に伝わる、かすかな温もりと硬さ。
そのままの勢いで、ルシフェリアは指先でティオの唇をふにふにと押した。
「……ん……」
ティオの喉から微かな声が漏れた。
(あ、調子に乗り過ぎた。……怒られるっ)
瞼がぴくりと震え、次の瞬間――
「……おはよう、ルシ」
眠たげな声。
いつもの明るさとは違う、低く柔らかい響き。
それだけで胸が鳴った。
「ち、違うんです起こすつもりじゃなくて、あのっ……つい、指がっ……!!」
慌てて弁明するルシの頭に、ティオの手がぽんと置かれる。
「起こしてくれてありがとう。……朝から君の顔が見られて、幸せだよ」
「~~~~っっっ!!!」
枕に顔を埋めて、身悶えるルシフェリアの背に、ティオの低くてあたたかい笑い声が落ちていった。
「……もうちょっと時間あるし、まだ寝よ」
ティオがそっと手を伸ばし、ルシフェリアをふわりと抱き寄せる。
「え、でも……」
「……二度寝ってことで」
優しく囁く声に胸が高鳴る。
ぎゅっと抱き締められ、柔らかく温かい胸に包まれる。
「……おやすみ、ルシ」
「ん……」
寝かしつけるように、ティオの手がゆっくりとルシの髪を撫でる。
額からこめかみ、耳の後ろへ――繰り返される、やさしくて、穏やかで、心地よい手の動き。
(……幸せ……普通起こされたら嫌だよね……なのにこんなに甘い言葉掛けてくれて……)
ルシはその撫でられる感覚に身を預けて、うっとりと目を細める。
けれど、しばらくして。
撫でる手の動きがふっと止まり、ふいに聞こえた寝息。
(……寝た……!?)
そっと見上げると、ティオはそのままの姿勢で、気持ちよさそうに目を閉じていた。
(なにこれ……かわいすぎるんだけど……)
すぐそばにある、整った顔。
軽く触れたままの手のあたたかさ。
リラックスした寝息。
(私を寝かしつけてたのに、自分が寝ちゃってる……なにそれ……)
思わず胸元に顔を埋めて、足をばたつかせたくなる。
(あああ~~~っ、好き~~~~~!!!……今のうちにティオ様堪能しよっと)
そっと目を伏せると、胸元に鼻を寄せた。
(……いい匂い……落ち着く……)
香油の香りと、体温が混ざったような、やわらかくて甘い匂い。
(お肌も……すべすべしてるし、この意外とボリュームある胸板もまた……!)
そのまま胸元に顔を押し付けると、静かに響く心音が聞こえてくる。
目を閉じて、その鼓動のリズムに耳を澄ませる。
(このぬくもりも、匂いも、全部……全部、私だけのもの……)
それだけで、胸がぎゅっとなるくらい幸せだった。
(ただ、こうして抱きしめ合ってるだけなのに……どうして、こんなに満たされるんだろう)
好きな人が傍にいてくれる。
私のことだけを見てくれて、触れてくれて、優しく笑ってくれる。
(……本当に、幸せすぎる……ティオ様、いつもすっごく優しいし)
いつも”ルシが居てくれるだけで幸せ”とか、”ただ傍にいて”とか存在そのものを肯定してくれて。
その言葉に甘えて、特に何をするでもなく日常を過ごしてた。
(でもそればっかりじゃ、だめだよね)
ティオ様はいつも遅くまで研究してて、疲れてるはずなのに、私のことばっかり気遣ってくれる。
(私も……ティオ様の支えになりたい)
その想いが胸の奥に残ったまま、まぶたを閉じる。
温もりのなかで、少しだけ真面目なことを考えた。
(いつまでもティオ様が穏やかな顔で過ごせるように……私に出来ること……)
後回しにしていた“後継者教育”のことが、ふと頭をよぎる。
(……ちょっとだけ、やってみようかな)
まだ「継ぐ」って覚悟まではできてないけど、“ティオ様の隣に立つために”って思えば頑張れそうな気がする。
(ティオ様を攻める作戦の合間にでも……少しずつ、やってみよう)
そう思った瞬間――
自分でも気づかないうちに、ちょっぴりだけ背中が伸びた気がした。
(大丈夫。だって、私には――)
隣で眠る、最愛のひとの存在があるから。
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