ティオは机に肘をつき、ぱたんとページを閉じると、額を覆うように手を当てた。
「……これ……僕とレオンが……何かいかがわしいことしてる……?」
わかっているのに信じきれない、そんな声色で低く呟く。
「呪いを解くヒントかと思ったのに……開いた途端、僕が……」
「あーーっ!読まないでくださいっ!」
慌てて自作の聖典――妄想ノートを取り返そうとした私に、ティオは手を上げて制した。
「いいから、座って」
抗えず、私は椅子に腰を落とす。
ティオはそのまま私の周囲をゆっくりと歩き、まるで獲物を観察するようにじわじわと距離を詰めてきた。
「君、一体何者?」
「……ルシフェリア・ミルフォードです」
「侯爵家の娘だってのは知ってる。そうじゃなくて……これを書いた目的は?」
(目的? ただ二人の愛を記したいだけなんだけど、どう説明すれば……)
答えられず視線を伏せると、ティオは再び本を開いた。
パラリ、と響く音がやけに大きく感じる。
「『レオン……や、やだ……耳はだめ……っ』」
一度言葉を切り、視線だけをこちらへ。
「『……ティオが可愛すぎるから悪い』」
息がかかるほどの距離で囁かれる。
「……続きを読み上げてもいい?」
低く甘い声音。吐息まで感じる距離で、喉がからからに乾いて呼吸を忘れる。
(……やだ、なにこの色気。反則……!)
固まる私の耳元で、くすりと笑う気配。
「ねぇ……これだけ書くってことは、経験豊富なのかな?」
「え、えええ!? ちがっ……違います!!」
真っ赤になって慌てて首を振る。
「妄想力が強いだけです! 経験なんて……まったく、その……それは、いいんですよ!」
もごもごと潰れる語尾に、ティオがくすっと笑った。
「……妄想って、欲望が出るもんだよね」
本を指でトントン叩きながら問いかける。
「……君、自分がこうされたいって思ってるの?」
「ち、違いますっ!そうじゃなくて……!」
勢いよく否定し、私は身を乗り出す。
「私は……ティオ様を“推してる”んです。あなたが幸せそうにしてる姿が……見たいだけなんです!」
ティオの眉がわずかに寄る。
「……おしてる?」
「推しっていうのは、その人の幸せを願って応援する存在なんです。つまり――」
拳を握りしめて懸命に言葉を続ける。
「私は……ずっと、あなたの恋を応援してきたんです!」
「……は?」
「ティオ様がレオン様に叶わない想いを寄せてるの、私は知ってます。だからせめて……聖典の中で幸せにしたくて。それだけなんです!」
「……急に早口で怖いな。……ってレオン? ただの友達だよ?」
「……え?」
「ていうか君、なんで僕とレオンのことこんなに詳しく書けるほど知ってるの?」
至近距離で疑わしげな瞳で私を見つめるティオ。
(顔が強すぎて何でも言っちゃいそう……でも転生者なんて言えないし……!)
必死に真剣な表情を作り、私は答えた。
「理由は絶対に言えません。口が裂けても……言いません」
きっぱりと断ると、ティオは私の隣に腰を下ろし、静かにページをめくる。
「『レオンはティオの細い腰を掴むと、そのまま膝に座らせた』……これも応援の一環? 君は僕とレオンがこうなることを望んでるの?」
「そ、そう……かもしれません……」
緑の瞳がじっとりと絡み、色っぽさに喉が鳴る。
「……もしさ」
耳元に近づく声。
「僕がレオンとこのシーン、再現してあげる――」
「転生者です!!」
反射的に私は答えた。
言ってはならないという理性が、レオン×ティオが生で見れるという興奮に負けた瞬間だった。
***
自分が転生者であること、この世界が小説の舞台であること。
ティオが解析している“古代語”は私の元の国の言葉=日本語であること。
原作を壊さない範囲で説明する。
「なるほど……」
少し黙り込んだあと、ぱちんと指を鳴らしたティオの瞳が輝く。
「面白い。すっごく面白い!!!」
「……え?」
「ねぇルシフェリア、他にはどんな設定が? 聖女は遺伝?環境で発生するの? もっと教えて!」
(名前呼ばれた……?しかも全然疑ってない……?)
困惑する私を前に、完全に“研究対象”を見る目になっていた。
「……信じてくれるんですか?」
「もちろん! こんなに面白い話、なんでもっと早く言わなかったの?」
(……やっぱり原作通りのティオ様だ。好奇心が勝って信じてくれてるみたい。さっきの色気はどこへ……)
私は息を吐くと、静かに告げる。
「……あの。確かに私はこの世界の未来や、登場人物たちの物語の中での結末を知っています。でも、絶対に”原作”の流れを変えることはしたくありません」
ティオの手が止まる。
「あなたは、私の言葉などなくても、この世界の謎に絶対に辿り着きます。だから私は――」
少し俯きながら続ける。
「ただ……あなたの恋を、応援させてください」
緑の瞳がやわらかくなったように見えた。
「……まぁ、確かに因果が変わるのは困るしね。……わかった、深くは聞かないでおく」
机の上に置かれた聖典を指差しながらティオは続ける。
「でも僕の恋を応援しても、レオンは友達だし」
(強がり……可愛い)
「……それに、僕そんなに腰細くないし、なんであんなにレオンにされるがままなんだよ」
「え、そうですか?細そうだけど……」
何も考えずに手が伸びて、ティオの腰を掴む。
「……細いです」
「っ!? 変態!」
「え!? さっきあのえっちな本朗読したの誰ですか!?」
「君が書いたんでしょ!」
言い合いをしたところで目が合って、二人して笑ってしまう。
少し和やかになった空気の中、ティオが真顔で尋ねる。
「つまり君は、別の世界でこの世界の事を物語として読んでいた。少し先の未来を知っていて……僕を“好き”で、応援しているってこと?」
(好き……?推しってそういうことか)
「はい」
「……なるほどね」
納得したように頷いたティオ。
警戒心の薄れた空気を感じて、私は立ち上がる。
「じゃ、怪しい者じゃないってわかったので帰りますね」
「うん、また明後日」
あっさり返され、扉へ押し出される。
「えっ!?行くなんて言ってませんけど!? それに聖典返してください!」
「怪しくないにしても、変な子には変わりない。返してほしければ、また来ることだね」
ーーーバタン。
呆然としていると、カチャ、と音がして扉が少し開く。
「次はもっと面白い話きかせてね」
にやりと意地悪に笑う顔が覗いたかと思うと、また扉が閉じられる。
(~~っ!! なんなの!? 悔しい!!)
◆
数時間後。
ベッドに転がった私はまだ興奮冷めやらず。
(……なにこれ、今日……)
自作のBL小説を本人に朗読されるとか、どんな人生!?
しかも、色っぽい顔もするし、無邪気にからかってくるし―― なんなの?
尊すぎるんだけど?
「やっぱ推せる!!!」
気付けば新しいノートを開き、走り書きしていた。
『レオン×ティオ 聖典2』
(強がって否定してたけど……絶対私がレオン様と幸せにしてあげる!書くしかないでしょ!)
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