固く決意を固めたあと、私は侯爵邸に戻って自室でごろごろしていた。
ゆったりソファに身体を沈め、天井を見上げながら、セシルに声をかける。
「ねえ、セシル。私って、社交界どれくらい出てた?」
問いかけると、セシルは手の動きをぴたりと止め、わずかに眉を寄せた。
「……また記憶が曖昧なんですか……?」
「いや、ほら、色々あるでしょ!……デビュタントはしたって言ってたよね?」
「……はい。十六歳の時にデビュタントは済ませました。ですが、その後は一切社交界に顔を出されてないかと」
その声は淡々としていたが、一瞬だけ「また始まったのか」という色が見えた。
私は肘をつきながら小さく頷く。
「……え、ほんとに? 一度も?」
「はい。パーティのご案内は何度もありましたが、“お体の調子がすぐれない”という理由でずっとお断りされてました。あとは侯爵様と奥様が、“無理をさせたくない”と……」
唇に指を当てながら、ルシフェリアは静かに考え込む。
(だったら、私の事知らない人が多いはず。記憶の不整合も目立たないし、むしろチャンスかも……)
そう思って顔を上げると、セシルがわずかに肩を震わせた。
「……お嬢様、今度は何を考えているのですか……」
「生誕祭、私も出席するわ。そして、“ティオ様は私の”って、みんなにアピールする作戦を練るの!」
「えっ、お嬢様出席なさるんですか……!?」
驚きで目を丸くしたセシルの手が、再びぴたりと止まる。
「ティオ様ってば、無自覚に人を魅了しちゃうから……。ティオ様の魅力は抑えられないけど、牽制は出来るでしょ?公の場でアピールするために行こうかなって」
「…………既に婚約式も済ませてますし、半分一緒に生活されてるんですから、誰も手を出そうなどとは思わないかと」
セシルは呆れ半分、心配半分といった視線を向けてきたが、私は気にせず続ける。
「ふふふ、可愛いドレスも着て、腕を組んで、みんなの前で堂々と見せつけてやるんだから!」
「お嬢様……またドレスオーダーするおつもりですか……?」
「うん!!もちろんコルセットしなくていいやつで、でも式典でも着れるくらい可愛いやつを!」
ベッドにごろんと転がり、次はどんなドレスにしようかと胸を躍らせる。
「……確かに、お嬢様がオーダーしてくれたこの制服、本当に楽なんです。動きやすいし、着心地も良くて。一度これを味わったら、もう普通のドレスには戻れないのも納得です」
ルシフェリアはきょとんと目を瞬かせ、それからふっと笑った。
「でしょ?……誘惑の為だけじゃなくて、快適さも大事だからね。セシルも快適に過ごせてるなら――これからも私のわがまま、いっぱい聞いてね?」
にこっと笑うと、セシルは一瞬だけ何とも言えない表情をしたが、小さく頷いた。
「……はい、お嬢様」
◆
決めたら即行動!と、私はさっそく侯爵家の馬車に乗り込み、お馴染みのドレスサロンへと向かった。
奥まった工房の扉を、ルシフェリアは勢いよく押し開ける。
「こんにちは、カミラっ!」
針箱を片づけていたカミラは、生地見本を閉じると、静かに微笑んだ。
「……ミルフォード嬢。今日もご注文を?」
「はいっ!来月の皇帝陛下のご生誕祭に出席するので、式典用の新作ドレスをお願いしたいんです!」
カミラの瞳が、少し驚いたように開かれる。
「それは……また、大舞台ですね。どのようなイメージを?」
ルシフェリアはぐっと身を乗り出し、勢いよく言う。
「瞳の色に合うような色味で、可憐な感じを出しつつ、華やかにしたいの!」
「……また、あのコルセットなしの仕様で?」
「はいっ!!いつもの快適仕様でお願いしますっ!動きやすくて、見た目も可愛いやつで!」
“脱ぎやすさ重視”の依頼から始まった奇抜な発想も、今ではカミラにとって日常になっていた。
出来上がったドレスはいつも“天才的”に可愛く、本人にぴたりと似合う。
職人としても、毎回心をくすぐられる瞬間だ。
「……承知しました。なるべく動きを制限されないような図面、考えてみます」
「さすがカミラ~~~!!式典とか堅苦しい場面だからこそ、コルセット付けないのが活きるでしょ?」
ぱぁっと笑うルシフェリアの顔に、カミラもつられて微笑む。
そして真剣な声色で尋ねる。
「……長時間の式典等では倒れる令嬢もおられますから、コルセットなしには賛成ですが――コルセットをしていないのは、一目瞭然ですよ? 本当に大丈夫ですか」
「苦しいのは嫌だし、私、十分ウエスト綺麗だから問題ありません」
胸を張って答えると、カミラは小さく微笑み、サンプル生地を並べ始めた。
「……あっ!あともう一つ、お願いがあって!このドレスと同じ生地で――ネクタイとチーフって、作れますか?」
「もちろん!……お色味合わせるなんて素敵ですね。気合い入れて作成させて頂きますね」
手には新作ドレスのラフデザインと、ティオ様用のネクタイとチーフの見積もり。
ご機嫌な足取りで工房を後にする。
「……ふふふ、これで当日は絶対にティオ様と並んで目立っちゃう!式典終わった後もイチャイチャ出来るし……ああ、楽しみっ!」
石畳を踏みしめる足取りまで、自然と軽やかになる。
――すべての計画が、滞りなく進んでいる。
(……こうやって準備するだけでもワクワクしちゃう!)
今のルシフェリアには、それが心から楽しみで――誰よりも、大切な人と並び立つ日のための、特別な時間に思えていた。
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