ティオの腕の中で、ぬくもりを感じながらまどろむ朝。
「……ふふっ、くすぐったいです……」
ルシフェリアが小さく笑う。
ティオは後ろから抱きしめたまま、うなじや肩に軽くキスを落としながら、頬をすり寄せてくる。
「だって、柔らかくて……つい触れたくなるんだもん」
「……もう、ティオ様ったら……」
彼が研究室に行くまでのほんのひと時を名残惜しむように、二人で過ごす。
「ティオ様っていつもあったかくて、触れられてると気持ちいいんですよね」
「……確かに、いつも手熱いかも」
「そうそう……しかも、よく汗かくからそれがまた、色気がすごくて!」
「もう……何の話……」
ティオは少し不服そうに呟きながら、私の髪の毛を優しく撫でる。
(そういえば……昨日も結局攻めるつもりが、ティオ様に攻められっぱなしだったな……悔しいけど、でもかっこよすぎて……)
そんなことを考えながら二人でゆっくりと朝の時間を過ごし、ティオ様を見送った。
◆
そして私は侯爵邸に戻ると両親とティータイムを楽しんでいた。
「――そういえば、皇帝陛下の生誕祭の招待状が届いたわね」
お母様が優雅に紅茶を口に運びながら言うと、お父様も頷いた。
(そういえばセシルから、ちらっとそんなこと聞いたかも……)
毎年、皇帝の誕生日には大々的な生誕祭が行われる。
数日に渡って城や王都は祝賀の空気に包まれ、城下町では平民たちも参加できる市や舞踏会が開かれるそうだ。
外交的にも重要な行事で、外国から主賓が訪れることもあり、祭の期間中は各国の旗が掲げられ、町全体が華やかに彩られるという――
「今年は新皇帝になって初めての生誕祭だな。」
「そうね。でも陛下が派手な祝いごとをあまり好まれないとかで……今年の生誕祭は、一日だけの式典になったみたいよ」
お父様とお母様の会話に相槌を打ちながら、紅茶に手を伸ばす。
「……とはいえ、ルシは毎年欠席してるし、今年も不参加にするか?」
「ルシ、ああいう大勢の場は苦手でしょうし……無理に出なくていいのよ?」
(“ルシフェリア”は、ね。私は別に、社交の場が苦手とか……そんなの全然ないんだけど)
あまり公の場に出ることは考えてなかったけれど、美味しいもの食べれるし――少しだけ考えてみてもいいかな。
そんな軽い気持ちで返事をする。
「……そうですね。……考えてみます。一日だけならハードルも低いし」
私がぽつりとそう呟いた瞬間――
「……!」
「ルシが、そう言うなんて……!」
両親共に、ぱちりと目を見開いた。
「まだ考えてみるだけですよ!……ちょっとティオ様も行くのか聞きに行ってみます」
何かをするたびに大喜びする両親にたじたじになりながらも――
気づけば、少しずつこの世界に馴染んでいる自分がいることに、ふと気がついた。
◆
午後の日差しが差し込む中、私は癒術理院に足を踏み入れた。
「あ、クラウス~」
テラスで休憩をしている長身の男を偶然見かけ、声を掛ける。
「ルシフェリア嬢、ご機嫌だね」
「まあね、ティオ様が日に日に素晴らしさを更新してくるのよ……ほんと、幸せ」
私の惚気を聞きながら、いつになく穏やかに相槌を打っていたクラウスが、ふっと口角を上げた。
「でもさ、うかうかしてたらティオ持ってかれるかもよ?ティオって案外モテるから、気をつけたほうがいいかもね」
「……え?」
「いや、本人は自覚してないけど。誰にでも優しいし距離感も近いし――それに髪切ったろ? 密かに人気なんだよね。」
そう告げられた瞬間、頭の中で警報が鳴り響いた。
「っ……たしかに……!――そんなの、みんな好きになっちゃうに決まってるっ!!」
震えるこぶしを握り締め、勢いよく言い放った。
「だってあんなに優しい上に顔が良くて! なのに色気あって……あの目線とか手つきとか、えっちな雰囲気出すぎなんですよ! そりゃモテるわ、絶対に……っ!」
クラウスは何とも言えない表情を浮かべた後に、ふと表情を緩めた。
「……まぁ、ティオもルシフェリア嬢しか見てないみたいだけど――」
「そうだ!社交界でアピールすればいいんだ!!……私、アピールします。ティオ様は私の!って、みんなに言って回りますから!!」
食い気味に反応する私に吹き出しながらも、クラウスは楽しそうに笑っていた。
「わー、それは強烈だね。……なんか楽しそうだから応援してるよ、頑張ってね」
そしてクラウスから背中をぽんと叩かれて、私は勢いのまま研究室へ向かう。
***
研究室に入ると、ちょうどソファで紅茶を淹れていたティオが振り返って笑顔を見せた。
「ルシ!朝まで一緒にいたのに来てくれたの? 可愛いなあ、ほんと……」
「少し離れてるだけでも、すぐ会いたくなるんです。……あと、聞きたいこともあって」
そっとソファに腰掛け、二人で隣に並ぶ。
「とかいいつつ、僕も来るかもと思ってお菓子準備してたんだけどね。……聞きたいことって、何かあった?」
私の紅茶とお菓子を置きながら、静かに問いかけてくれた。
「今度、皇帝陛下の生誕祭があるじゃないですか?社交界って、どんな感じなのかなって気になって」
「……んー、派手だけど、面倒だよ。紹介とか挨拶とか、探り合いも多いし」
「……“ルシフェリア”って、あんまり社交界に顔を出してなかったみたいなんですよね。顔を知られてないから、記憶がなくても何とかなるかなって思ったりしてて……」
少しだけ視線を落とし、ぽつりと本音をこぼす。
「ティオ様と一緒だったら……ちょっと行ってみたいなって思ってるんです」
ティオが、目を細めて笑った。
「……うん、じゃあ僕にエスコートさせて」
「はい……!」
そして私は、真剣な顔で横にいる彼の目を見つめた。
「実はその生誕祭で、ティオ様は私のだってアピールしようと思ってるんです!」
「えっ、アピール?」
ティオが目をぱちぱちさせる。
「はいっ。ティオ様は、私の婚約者ですって、堂々と言いふらして回ります!」
その勢いに、ティオは苦笑しながらも首をかしげた。
「……そんなことしなくても、僕はルシしか見てないけど?」
さらりと、優しい声で、まっすぐに。
思わず頬が熱くなりかけたけど――私はすぐに首をぶんぶん振った。
「それはわかってます!ティオ様が私だけ見てくれてるのはちゃんと伝わってますけど!」
それでも――
「ティオ様を見る人はいっぱいいるんです!!!」
「そうかなぁ……?」
キョトンと首を傾げるその無防備さに、私は叫ばずにはいられなかった。
「だってティオ様、こんなに顔がよくて、なのに色気だだ漏れで、こんなえっちな雰囲気醸し出してるんですよ!?見られないわけないじゃないですか!!」
「そんなこと言うのルシだけだと思うけど……」
そう言ってティオ様は私の手を取り、ぎゅっと握りしめた。
私はその手を握り返しながら、必死に言い返す。
「自覚ないのが一番危険なんですってばーっ!!」
頬を膨らませて拗ねたふりをする私を見て、彼は困ったように微笑んだ。
「……ほんとに可愛いな、ルシは。……僕は、ルシが他の人に見られるの、ほんとは嫌だけど」
その言葉に、思わずきゅっと胸が鳴る。
「でも、ルシが“したい”って言うなら――一緒にアピールしに行こうか」
そう言って、握っている手に短くキスを落とした。
(ティオ様が私しか見てなくても、ティオ様を見る人はきっといる。だから――)
私は彼の顔を見つめながら、そっと決意する。
(絶対にティオ様は私のだって、誰にでもわかるように……!アピールしなきゃ!)
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