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36話 婚約者と過ごす夜の散歩――月明かりの下、そっと重なる

TL小説に転生した腐女子は推し様を攻めたい! ティオ ルシフェリア  TL小説に転生した腐女子は推し様を攻めたい!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。


正式に僕とルシフェリアが婚約者になってから、少し経った。


毎日ではないけれど、彼女が別邸に泊まりに来てくれることも多なって、一緒に過ごせる時間が増えた。


婚約したからといって、すぐに一緒に過ごすのは不作法――そんな空気が、この国にはまだ残っている。


(お互い大人だし、気にしない貴族も一定数いるのはいるんだけど……)


だからこそ正直、貴族社会では“婚約してもまだ早い”と陰口を叩かれるかもしれないと覚悟していた。


――けれど、案外そんな噂は聞こえてこなかった。


元々僕も変わり者だと思われているし、ミルフォード家も自由な家だと知られている。
だからこそかもしれない。


そんなことを考えながら研究室の扉を閉め、深く息を吐いた。

(少し、遅くなっちゃったな。急ごう)


今日は仕事帰りに、侯爵家までルシを迎えに行く約束をしていた。

いつの間にか歩き慣れた石畳の道を、足早に進んでいく。
ミルフォード邸の門に差しかかると、ふいに人の声が聞こえた。

明かりに浮かぶのは、護衛の騎士と談笑するルシフェリアの姿。
ゆるやかなウェーブの金髪が揺れて、笑顔で話すその横顔に、自然と胸が熱くなる。

「……ルシ? 部屋で待っててくれてよかったのに」


声をかけると、ぱっと顔をこちらに向けて、まるで花が綻ぶみたいに微笑んだ。

「早く会いたくて……だから、待ってました」


その一言で、胸がぎゅっと締めつけられる。

「……帰ろう、一緒に」

「はいっ!」

そう答えた彼女の声が嬉しそうで、手を取っただけで、心まで温かくなる。

(……ルシへの気持ちが、止まらない。一緒にいるほど、好きになる……)

彼女の小さな手のひらを包むたびに思う。
この人を守りたいって、何度でも。





彼と手を取り合い、歩き始めた。
ただ一緒に歩いてるだけなのに、どうしてこんなに心が浮くんだろう。
ティオ様の手は大きくてあったかくて、指先が触れるたびに、くすぐったい気持ちになる。

「うちとティオ様の別邸って、徒歩十分もかからないですよね。癒術理院もちょうど真ん中だし……ちょっとしたお散歩にちょうどいい距離ですね」

「うん。毎晩、こうして歩きたくなるくらいにはちょうどいい距離だね」

「……毎晩?そんなに私と一緒に居たいんですか?」

そう言って笑った彼と並んで歩いていると、噴水広場が見えてきた。

夜の静けさに水音がやさしく響く。


(……馬車で移動するよりも、楽しくて好きかも)

昼間は賑わっている場所も、夜は静かで、水音がやさしく響く。
街灯がほのかに灯っていて、石畳に柔らかい光が揺れてる――そんな空間。


ティオ様がふと足を止めて、「……少し、休んでいこうか」と微笑む。

ベンチに並んで座って、静かな水の音を聞いていると、どこからともなく涼しい風が吹いて、ルシフェリアがふと顔を上げる。

「……なんか、いいですね。こうしてると、時間がゆっくり流れてるみたい」

「うん。君といると、そう感じる」


そう言ったティオが、ルシの頬に手を添えて、そっと口づける。


「……っ」

驚いて見上げたルシフェリアに、ティオが少し照れながら、ぽつりと呟いた。

「ここでキスした恋人は、ずっと一緒にいられるんだって。……街の人が言ってたのを思い出した」


照れながらもそんなことを言う姿が愛おしくて、思わず私の方が赤くなってしまった。


「……結構ロマンチックなこと言うんですね、ティオ様」

「こんなこと言ってしまうくらい、ルシのこと好きみたい」

「……こんな、暴走ばっかりで我が強くて、わがままで……それでも好きって言ってくれるなんて、ティオ様は物好きですね」

そう言って、隣に腰掛ける彼の顔をちらっと見る。

「そう?素直で明るくて、こんな可愛い子、他にいないと思うけど……ルシこそ僕の事好きなんて、物好きなんじゃない?」

「いえ、ティオ様は誰から見ても最高です!」

ティオはやわらかく笑って、少しだけ身を乗り出す。

「……大好き、ルシ」


そして、さっきより深く――でもとろけるほど優しく、キスを重ねた。


──ふたりはまた、並んで歩き出す。

噴水の音を背に、月明かりに照らされながら、そっとティオの腕に抱きついた。

「……ルシ?」

「……ぎゅってしたい気分なんです」

そう囁いて腕に頬を擦り寄せると、ティオは照れながらもくすっと笑って、肩越しに言う。

「……歩きにくいよ、ルシ」

その声があまりに優しくて、ルシが名残惜しそうに離れようとした瞬間――

「だったら、こうしよっか」

ティオがふわりとルシの身体を抱き上げた。

「えっ、ちょっ、ティオ様!?」

「……こっちの方が近くていいでしょ」

耳元で低く囁かれ、胸の奥が熱く跳ねる。
ティオの首にしがみつきながら、帰ってからの事を考えてぽっと頬を染めた。


(……よし、今夜は……私から攻めてみよう……っ!)

その心は決意でいっぱい。
夜風の中、ふたりはゆっくりと家路へとついた。


抱き上げられて一緒に帰っている最中。
ロマンチックな空気に包まれていたけれど、私の頭の中はそっちでいっぱいだった。


(だって、ティオ様の可愛い顔みたいってあんなに意気込んでたのに!最近押され気味なのよ……!)


こんなことを考えていることを悟られないように、さっとお風呂と身支度を済ませて、彼が戻ってくるのを待つ。


湯上がりの仄かな熱が肌に残るまま、ティオはベッドの縁に腰を下ろした。

そっと目線を合わせると、意を決して口を開く。

 

「……ティオ様、座ったままでいてくださいね?」

「え? う、うん……?」

 

言われるがまま、動かずにいるティオの上に座る。

 

「っ……ルシ!?」

「……だめ、ですか?」

また何かが始まった、と悟ったティオは顔を真っ赤にして、完全に硬直していた。
ルシフェリアはそっと両手をティオの肩に置いて、耳元で小さく囁く。

「ティオ……いっぱいキスしましょ?」

 

その一言に、ティオの喉がぴくりと震えた。 
ティオが躊躇いながらもそっと唇を開くと、その柔らかな唇が、優しく重なった。







ベッドで横になりながら、息を整えて、ふと冷静になり先ほどの事が鮮明に思い浮かんだ。

 

「……結局、ティオ様がかっこよすぎて……あぁもう……っ!!」

 

叫び声のように訴えながら、顔を真っ赤にして——
ばっ!とシーツを頭からかぶった。

彼を骨抜きにしてあげようと思ったのに、いつも結局甘やかされて終わってしまう。

ティオは目をぱちくりとさせたあと、ふっと微笑んだ。


「ふふ……ルシがすごく可愛かったからさ……」

「か、可愛いとかそういう問題じゃなくて!!」

 

もはや語彙が崩壊しながらぶつぶつ文句を言う私に、ティオはちょっといたずらっぽく笑いながら囁く。

 

「意地悪しちゃったかな?」

 

笑いながらそう言われ、頭まで真っ赤にして、ぽすぽすとティオの胸を叩く。
ティオは笑いをこらえきれなくなって、シーツの中に隠れる私の頭をぽんぽんと優しく撫でる。


「……可愛かったよ、ルシちゃん」

「……もう……っ、ほんとに……っ!!」

 

文句を言いながらも、自然と顔がほころぶ。
そして今夜も彼の腕の中で、世界一幸せな夢を見んだろうな、と思いながら眠りについた。


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