ティオ様と特別な夜を過ごしたあと、しばらくは婚約式後の挨拶回りや公的な行事に追われて――
数日すごく忙しかった。
もちろん原作にミルフォード家のことは出てこないから、見たことも聞いたこともないような親族に囲まれながら笑顔を張り付かせる毎日だった。
(……疲れた……私は笑ってるだけでお父様がほとんどしゃべってくれてたけど)
次期当主として紹介されるたびに、なんとも言えない気持ちにはなったが、なんとか笑ってやり過ごすことに成功した。
そしてようやく落ち着いた今日――
私は自然とティオ様の研究室に足を向けていた。
ルシフェリアは、胸の高鳴りを抑えながら静かに扉を開いた。
(……たった数日ぶりなのに、どうしてこんなにドキドキするんだろう)
中に入ると、白衣姿で机に向かっていたティオが顔を上げた。
「――ルシ」
その優しい声と、心から嬉しそうに綻んだ笑顔に、胸がきゅんと跳ねた。
気づけば、ぱたぱたと駆け寄っていた。
そのまま抱き寄せられ、ティオの腕の中にすっぽりと収まる。
(あったかい……ずっとぎゅっとしてたいな……)
彼の胸元に頬を押し当てながら、その暖かさをじっくりと堪能していた。
「……ルシ、いつもならすぐお喋りするのに、今日はちょっと静かだね」
「……ティオ様のこと、好きすぎて……顔見たら、胸がぎゅってして……それで、ぬくもりを堪能してました」
少し俯きながらそう呟くと、ティオはふっと笑い、腕に力を込めた。
「あはは……なんでそんなに可愛いの、ルシフェリア」
そのまま抱き上げられて、ソファへと移される。
隣に腰を下ろしたティオが、そっと頬にキスを落とした。
(……ああ、幸せだ)
ティオの白衣の裾をきゅっと握った。
「実は……今日、お泊まりするように準備してきたんです」
「……え?」
「……挨拶回りも一通り終わったし、泊まってもいいですか?ゆっくりティオ様と過ごしたくて……」
ティオは、驚いたように目を瞬かせたあと、ゆっくりと微笑んだ。
「もちろん。……ありがとう」
そう言って、今度は唇が、そっと重なる。
甘く、優しく――
でもその奥に、抑えきれない想いが宿っているようなキスだった。
ティオの唇が、頬にふわりと触れた。
ちゅっ、ちゅっ――
そのまま耳元や額、こめかみと、顔のあちこちにキスが落とされていく。
「ふふっ……くすぐったいです、ティオ様」
くすくすと笑うルシの声に、ティオはいたずらっぽく目を細めた。
「我慢してよ。数日ぶりに会えたんだから」
ふと顔を上げると、ティオはもう一度そっと唇にキスを落とした。
「……ねえ、ティオ様」
「ん?」
「大人しく待ってますから、早く一緒に帰りましょ。……待ってる間、私は秘密の作業しておきますから」
小さくウインクすると、ティオは眉をひそめた。
「……まさか、また僕の絵とかじゃ――」
「秘密ですよ~」
研究机の隅に置かれた椅子をくるっと回して座ると、ルシフェリアは鞄からノートと鉛筆を取り出した。
ティオは苦笑しながらも、白衣の裾をふわっと揺らして席に戻る。
(……やれやれ、でも)
ふと横目でちらりとルシを見ると、彼女は頬を染めながら、何かを描き始めていた。
(可愛いから……仕方ないか)
そんなことを思いながら、ティオは再び研究に集中しはじめた――
ルシフェリアは机にノートを広げたまま、満足そうに鼻歌を歌っていた。
(ふふふ……今日は堂々と絵が描ける。いっぱい描こう……!)
鉛筆を走らせるたびに、自然と口元がほころぶ。
ティオの真剣な横顔、髪の乱れた瞬間、シャツから覗く鎖骨――
一通り描き終えるころには、あたりもすっかり夕暮れ色に染まりかけていた。
「ルシ、お待たせ。帰ろっか」
上から降ってきた声に、頷いて一緒に研究室を出た。
◆
別宅に戻ると、ティオは「先にお風呂入ってきていいよ」と優しく微笑んだ。
ゆっくり広いお風呂を満喫して、浴室をあとにするとリビングには食事が綺麗に並べられていた。
「うわあ……すごい……」
ふたりで向かい合って夕食を食べる。
ここ数日起こった話をしながら、二人だけの時間をゆったりと過ごして。
「僕もお風呂入ってくる。お風呂あがったら何かして遊ぼう」
そう言って立ち上がるティオに、私は静かにこくりと頷いた。
でも――
(遊ぼう、なんて……ふふ)
ルシフェリアの瞳がきらりと光る。
すでに、心は決まっていた。
「だって……それは、ね……」
用意されていた、可愛らしいけれど全身をしっかり覆う寝巻きをそっと脱ぎ捨てる。
代わりに手に取ったのは――
可愛らしさと露出を両立した、特注の寝間着。
「……リボンも結んで……よし。完璧!ちょっとどんな感じか見てみよう」
鏡で自分の姿を確認しにいくと、一気に顔が熱を持つ。
(やばい……透け感あって肩も足も出てて可愛い……!)
ドキドキしながらもお風呂から上がってくるのを、静かに待つ。
そしてティオは、髪を乾かしながらリビングに戻ってきた。
「ルシ、もう寝室に行っててもよかったのに。ボードゲームでもするー?」
軽い調子で声をかけながら視線をルシフェリアに向けた瞬間――
「…………っ!?」
ぴくん、と肩が跳ねた。
その場で、まるで時間が止まったかのように固まる。
「……ルシ……」
「おかえりなさい、ティオ様」
ティオの足が、その場で止まった。
そのまま、自分の姿に恥ずかしくなりながらもゆっくりと近づいてティオの手をとった。
「喜んでくれるかなと思って、準備してきました」
「……ルシ、それ……す、透けてるけど?」
「……わざと見せてるんです」
その瞬間、何かが変わった気がした。
空気が、ふっと張りつめて――
次の瞬間には、視界がふわっと浮かんだ。
「きゃっ……えっ、ちょっ、ティオ様っ!?」
言い終える前に、もう彼の腕の中にいた。
あたたかくて、でもしっかりとした腕。
気づけば、すでに寝室まで来ていて、ふわりと柔らかなシーツの上に降ろされる。
彼の手は、まだ私の腰をそっと支えたままで、熱い視線が私の瞳を捕らえていた――
◆
肩で息をしながらティオの胸に額を預けた。
まだ早鐘のように打つ鼓動と、肌に残る熱が落ち着かない。
静まり返った部屋に、ふたりの呼吸だけが重なっていた。
「……ティオ様、大好き」
ぽつりと呟いた私の言葉に、ティオ様はふっと目を細め、優しく微笑んだ。
そのままキスを一つ。
触れるだけの、優しい口付け。
(ああ、やっぱり好き……)
胸がじんと熱くなるのを感じながら、横にいる彼の顔をそっと見つめる。
「……ティオ様って、ほんと、表情が色っぽいんですよ……」
「……ん?」
「普段は明るい顔してるのに、こういうときは、なんか、すっごく……ギャップあって……ほんとえっちなんです」
そう言いながら、私はごそごそとノートを探し始めた。
「……ちょっと、スケッチしていいですか?」
「……それはダメ」
「えっ」
動こうとした私の体を、後ろからぐいっと引き寄せて、がっちりと抱きしめられる。
「そういう顔は、君だけにしか見せてないんだから――ルシだけが、覚えてて?」
「……はい……」
甘くて低い声が耳元に落ちた瞬間、私はそれ以上何も言えなくなって、そっとティオ様の腕の中に身を預けた。
(でも……記憶には残しましたからね……)
ふふっと笑みを浮かべながら、私は彼の鼓動に耳を澄ませた。
「ルシ、体……大丈夫? 痛くなかった?」
ティオ様が心配そうに、そっと私の頬に手を添える。
私は一瞬ためらったけれど、誤魔化すのは違う気がして、正直に言葉を紡いだ。
「……前回みたいな痛みはなかったです。変な感じはちょっとだけ……」
そう言ってそっと手を重ねると、彼はほっとしたように笑って、もう一度、私を抱きしめてくれる。
(温かい……)
優しいぬくもりに包まれながら、身をゆだねる。
そんな中、ティオ様はふと思い出したようににやりと笑う。
「いつも僕のこと、色っぽいとかえっちとか言ってくるけど――」
「……え!?」
ぐっと距離を詰めてきて、耳元に唇が触れるくらい近づく。
「……ルシだって、負けてないよ」
「っ――!?」
ビクン、と肩が跳ねた。
耳に触れる吐息が、くすぐったくて、熱くて。
「さっきだって……可愛い声で僕の名前呼んでた」
低く囁かれながら、耳たぶを甘く噛まれそうになって――
「ち、違います……っ!」
慌てて抗議するけれど、ティオ様の目が笑っている。
「……ほんと? また確かめてみようか」
「~~~~~っ!もう知らないっ!!」
顔を覆ってシーツに潜り込んだ私を、ティオ様は「可愛いなぁ、もう……」と笑いながら
優しく抱き寄せた。
(……好きすぎて、どうにかなっちゃう……)
ぴったりと抱き合いながら、時折くすぐったい言葉を交わして、また口づけを重ねて――
そうして、ふたりの夜はゆっくりと、甘く、明けていった。
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