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3話 “不吉な子”と呼ばれた私に届いた、呪われた公爵からの求婚状

×すぎるんです、公爵様・・・っ!セレナ レオン “不吉な子”と呼ばれた私に届いた、呪われた公爵からの求婚状 ××すぎるんです、公爵様・・・っ!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。


朝の食卓に呼ばれたのは、いったい何年ぶりだろう。

胸の奥が、ざわざわと落ち着かない。その感覚が、どれほど久しい出来事なのかを物語っていた。

私は震える指先を膝の上でそっと握りしめ、静かに椅子へ腰を下ろす。
この席に座った記憶は、幼い頃に数えるほどしかない。

――あの日、私は不注意で母のドレスにスープをこぼしてしまった。

「やっぱり不吉な子は、不吉なことしか運ばないのね」

それ以来、私は家族と食卓を囲むことを許されなくなった。

「……あの子がいると食事の味も落ちるのよ」

「黒い目で睨まれると、背筋が寒くなるの。気味が悪いわ」

立ち上がる際に、わざと私の耳に届くような声でそんな言葉を吐き、母と姉は楽しそうに笑っていた。

父はいつも無言だった。視線をそらすだけで、何も言ってはくれない。
幼い私でも、理解していた。


――この家において、私は“余計な存在”なのだと。

今こうして席に着いても、誰の目も私に向けられることはない。

けれど、それでも。
呼ばれたことが、ただ嬉しかった。
もしかして、何かが変わる兆しかもしれない――そんな淡い期待が、胸の奥にひっそりと灯っていた。

「……お前の嫁ぎ先が決まった」

父の低い声に、思わず耳を疑う。

「……え……?」

「ようやく、お前にも役目が見つかったということだ」

乾いた声でそう言った父は、皮肉の混じった笑みを浮かべている。
隣に座る姉クラリッサは、何も言わずグラスの中身を見つめていた。

「ノクティス公爵家から求婚状が届いた。“呪われた公爵”として有名なあの家からな」

「しかも、どんな条件でも受け入れると書かれていたのよ。……不気味なあなたと、公爵様。案外お似合いかもしれないわね」

母がそう言って笑うと、誰かの乾いた笑いが食卓に響いた。

手元のスープが、小さく波打つ。
もう、食事を口に運ぶ気持ちなど残っていなかった。

――私は、愛されていない。

呼ばれたのは、娘としてではない。
ただ、“厄介払い”のために呼び出されたのだ。

希望の火は、ろうそくのように儚く、何の音もなく消えていった。

私はうつむき、少し震える声で問いかける。

「……その、公爵家の方は……私のことをご存じなのでしょうか?」

「どうだろうな。だが、関係ない」

そう言いながら、父は食後酒を口に含むと、ため息まじりに続けた。

「すぐに使いを出して返事を送る。準備を整えろ。出立は早いほうがいい」

あまりにも突然すぎる話に、頭が追いつかない。

(どうして……? 私なんかを、公爵家が? 面識もない、表に出たこともないのに……)

様々な思いが、瞬く間に駆け巡る。

けれど――

どこにいても、私は“望まれない存在”だった。
選ぶ権利なんて、最初から与えられていない。

少しだけ迷ってから、私は口を開いた。

「あの……お願いが、二つございます」

場の空気がぴたりと止まる。

心に残っていたのは、小さな命の記憶。
弱っていたその子に触れた、柔らかくてあたたかい毛並み。

「裏庭で怪我をしていた猫を保護していまして……。その子を、連れて行ってもいいでしょうか」

しばしの沈黙の後、母が鼻で笑った。

「好きになさい。どうせ処分する手間が省けるだけ」

「……ありがとうございます」

声は頼りなく、かすれていたが、それでも言わずにはいられなかった。
この手で守れるものがあるのなら、それを手放したくはなかった。

「もう一つは何?」

面倒くさそうに、母が問いかける。

「……婚約期間を省いて、結婚式もなしに、公文書のみで公爵家に入ることはできますか?」

婚約期間や式の準備が必要だとは知っている。
けれど私には、人前で誰かの隣に並ぶような資格も、自信もなかった。

(……それに、家としても“私”を表に出したくはないはず。お互い、静かに幕を引く方が都合がいい)

目立つことなく、ただ通り過ぎるように屋敷を離れられるのなら、それが一番だと思った。


「いいだろう。条件は何でも受け入れると書かれていた。使いに伝えておく」

「……本当ですか? ありがとうございます」

思わぬ返答に驚きながらも、心のどこかでほっとしている自分がいた。

きっと、公爵家がどんな場所であっても――ここより冷たいところはない。
そう言い聞かせながら、私は小さく頭を下げ、席を立った。

扉に手をかけた瞬間、背後から声が飛ぶ。

「……ごねられても困るからな。あれが“我が家の娘”と知られなければ、それでいい」

「支度金はしっかりいただきましょう。花嫁として出すのなら、それなりの額は当然よ」

「ふぅ……ようやく“あの子の姉”って言われなくて済むわ。これでやっと肩の荷が下りるわね」

その言葉のひとつひとつが、背中に冷たい刃を突き立ててくる。

けれど、私はもう振り返らなかった。

それが、この家で私にかけられた、最後の言葉だった。
血がつながっていたとしても、心は最初から――どこにも、なかったのだろう。



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