朝方、ティオに見送られながら、ルシフェリアは忍び足でセシルの待つ部屋へ戻った。
扉を開けると、セシルは寝不足のせいか目元をこすりながら、ベッドのシーツをきちんと整えていた。
「セシル~~~っ、ありがとう~~~~!!」
「は、はいっ! お、おかえりなさいませ、ルシフェリアお嬢様……」
ルシフェリアが両手をぎゅっと握りしめて感極まった様子を見せると、セシルは胸の奥に小さな不安を覚える。
「昨日は……なんとか勝てたわ」
「え、なにに……ですか?」
「ティオ様に、よ!」
「勝ち負けの話なんですか、これは……?」
セシルはあきれ顔でため息をつきつつも、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
◆
そして――
「ふふふ、でも本番はこれからよ……!」
朝の光の中、ドレスサロンへ向かう足取りはやけに弾んでいた。
自分の中で、昨日の反省点はすでに整理済みだ。
(そう、夜に行ったのが間違いだったのよね……“危ないから”ってすぐ帰されそうになっちゃうし……っ)
心の中で固く誓いながら、ルシフェリアはこぶしを握る。
(なら昼間に行けばいいじゃない!着脱しやすくて、でも外出にも使える可愛いドレスさえあれば――!)
朝の陽光が金の髪にきらめきを落とす。
「やってやろうじゃない……っ!!」
勢いのまま馬車に揺られ、あっという間に目的地へ到着した。
昨日と同じように馬車を降りると、そのまま迷いなく工房の奥へと向かう。
「――カミラさん、いらっしゃいますか?」
昨日、生地の選別をお願いした責任者兼トップ職人のカミラが目を見開いた。
「……おはようございます、ミルフォード嬢。昨日の件でしょうか?」
「はい。少々無茶を言う分、報酬はたっぷり払います。どうかよろしくお願いします!」
真剣なまなざしに、カミラは少し驚きながらもすぐ頷いた。
「――昨日少しお話しましたが、コルセットなしで着られるドレスにしたいんです。体のラインは美しく見せたいので、この時代にある素材で工夫できるものを……」
「……この時代?」
「あっ、いえっ!なんでもないです!」
慌ててごまかし、ルシフェリアは言葉を続けた。
「それと、コルセットがない分、胸が揺れたり形が崩れたりするでしょう?だから下着もセットで作りたいんです。これができれば着脱も早くて、しかも苦しくないドレスになります」
カミラの瞳がぱっと輝く。
「……! それはおもしろい……とても斬新です!!」
「えっ、いけそうですか……?かなり大ざっぱな構想ですけど……」
「実際に試してみないとわかりませんが……職人として、燃えます。やりましょう!」
◆
カミラは素早くノートを開き、さらさらと案を描き始めた。
その様子を見ながら、ルシはお父様から借りた資料の内容を思い出す。
「資料を読んだんですけど、生地って普通は“平行”にカットするんですよね?それを“斜め”に切ってもらえれば、少しだけ伸縮するはずで……」
「……なるほど。繊維の流れを意図的にずらすわけですね。柔らかい動きが出ます」
カミラは図面に線を引きながら頷いた。
「あとウエスト部分は、生地を寄せて“つまむ”みたいに仕立てたいんです」
「……形を寄せてシルエットを作るわけですね」
「そうです! さらにスカート部分をふんわりさせれば、パニエをたくさん履かなくても自然に広がります!」
次々にそして、一瞬にして描かれていく図面に、ルシフェリアは感心するばかりだった。
「ミルフォード嬢……そのカットの知識、どこで?」
「え? 一昨日、資料を見ただけですけど……」
「……えっ」
「……えっ?」
カミラは苦笑いをした後に、鉛筆をぎゅっと握りしめ、勢いよく立ち上がる。
「これが実現すれば……貴族の女性たちの生活に革命が起きますわ!」
ルシはその迫力に思わず瞬きをした。
「えっ、そんな大げさなことですか?私はただ、個人的に着たいだけなんですけど……」
「えっ」
カミラが一瞬固まる。
「お金はいくらかかってもいいです。ここだけの話、婚約者を誘惑したいんです。だって今のドレス、外すのに時間かかりすぎて雰囲気が台無しになるんです!」
「…………」
職人はしばし沈黙し、やがて小さく息を吐いた。
「……依頼とあらば、全力を尽くしましょう」
「わぁ、ありがとう! じゃあ例えば、リボンを後ろじゃなくて前にして、一ヶ所結びを外せば胸元が……こう、ぱっと……!」
ドレスの話に戻ると、カミラはすぐ図面に手を走らせる。
「胸の下着は……ワイヤーはないけど下から支える形にして、前でホックを留める感じで……こんなのできますか?」
「いいですね!レースを加えれば可愛さも出ますし。コルセット職人にも声をかけてみます」
「最高です!また明日も来ますから、よろしくお願いします!」
「もちろんです!これは私の職人魂を賭ける仕事です!」
◆
こうしてルシは、ほぼ毎日のように工房に通い詰めることになった。
特注ドレスと下着の制作は超特急で進み、見た目は華やかに、構造は徹底的に改良された。
――すべてはティオ様を惑わせるために。
完成したドレスに袖を通したとき、カミラは感極まって涙ぐんだほどだ。
「このドレス、明日以降の分もお願いします。今後は私のドレスは全部この仕様で統一してください。補正具も日常用で用意してもらえると助かります」
そう告げて、ルシは軽やかに工房を後にした。
目指す先はもちろん――
ティオ様の研究室。
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