膝の上でごろごろと身を預けながら、ルシフェリアは頬をすり寄せていた。
温もりを感じながら、思い出したように小さく呟く。
「……そういえば、ティオ様って……」
優しく髪を撫でていたティオが首を傾げる。
「ん?」
「私の胸、見て顔真っ赤にしてましたよね……?しかも、なんか触ってましたね……」
無邪気に告げられた一言に、ティオの背中がびくんと跳ねた。
まるで時間が止まったかのように一瞬で硬直し、耳まで赤く染まっていく。
「あ、あれは故意じゃなくて……ごめん……」
しどろもどろになりながら言い訳するその姿に、思わずいたずら心が顔を出す。
「……あれって……つまりティオ様は、おっ――んむっ!?」
最後まで言わせまいと、ティオの手がばっと伸び、ルシの口を覆った。
顔は真っ赤に染まり、耳まで熱を帯びながら、必死の声で否定する。
「る、ルシっ……!ち、ちがう……っ、そ、そういうのが好きとかじゃなくて……」
口を塞がれたまま抗議しようともごもごと口を動かす。
ティオは彼女の動きを押さえ込みながら、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「……ルシだから、どきどきしただけで……」
必死に言い訳するティオの声がわずかに震えている。
ばたばたと暴れるルシを押さえつけながら、小さく深呼吸した。
「落ち着け……落ち着け……ここで負けたらだめだ……っ」
やがてルシフェリアが静かになり、ティオは慎重に手を離す。
だが――その瞬間を逃さず、ルシの声が飛んできた。
「さらしで今までつぶしてたから、予想外に大きくて動揺した、……とか?」
「……っ!!」
ティオの肩がびくんと揺れた。
明らかに動揺して言葉を詰まらせ、視線を逸らす。
頬は真っ赤に染まり、耳まで熱が広がっていく。
「……っうるさい」
小さく吐き捨てるように呟いた次の瞬間、彼の顔がぐっと近づいた。
そして――唇が重なった。
「……っ……」
柔らかく、けれどどこか必死で。
まるで恥ずかしさを誤魔化すかのような、そんなキスだった。
(……あ、これ絶対図星だ。いい情報ゲットした……!)
唇が離れると、ルシの口元にはにっこりとした笑みが浮かんだ。
「……君、今すごく嫌な笑い方したよね?」
ティオの目が訝しげに細められる。
ルシは悪びれもせず肩をすくめた。
「……そんなことないですよ。ちょっと今後に活かそうと思っただけで。誘惑、楽しみにしててくださいね」
真っ赤なまま固まるティオを見ながら、ルシは小さくガッツポーズを取った。
◆
帰宅し、自室へ戻ると、セシルがちょうどお茶の準備を整えていた。
湯気の立つポットと焼き菓子の香りが、部屋いっぱいに広がっている。
「おかえりなさいませ、ルシフェリアお嬢様。お茶を――」
「ねぇ、セシル」
不意に呼び止められ、セシルの肩がぴくりと跳ねた。
「……胸で誘惑って……どうしたらいいの?」
「…………………………は?」
セシルの手がカタカタと震え、カップが危うく落ちそうになる。
「い、いったい何のご相談ですか!?!?!?」
「だって、ティオ様……たぶん好きだと思うの。……そういえば、お母様ちょっと前にもっと私から行った方がいいって言ってたな」
「お、お嬢様っ!!!」
耳まで真っ赤に染めたセシルが声を裏返らせた。
だがルシは止まらない。
「そういえば、ティオ様、前にドレスのリボン緩めるとき、すっごいもたもたしてたの!」
「えっ!?」
「そう、それはちょっとした事故なんだけど……! でもあんなに脱がすのに時間かかったら誘惑どころじゃないし、さらしじゃ色気なさすぎるし……」
「……えっ、あの、えっ、事故……?」
セシルが必死で状況を理解しようとしている横で、ルシは一人で盛り上がり続ける。
(……そういえば、転生してきた日に、お父様が“ドレスサロンの視察”がどうのって言ってたわよね)
ティーカップを持ち上げながら、ルシは決意を固めた。
「ドレスサロンで”ティオ様が脱がせやすいドレス”作ってもらうのどうかな!?」
「……えっ!?」
セシルの目が完全に点になった。
◆
翌朝。
侯爵家のダイニングには、いつも通り豪華な朝食が並んでいた。
香ばしいパンの匂いが漂い、銀の食器が朝日を受けてきらりと光る。
ルシは緊張を胸の奥に隠しながら、婚約の報告をすることにした。
(……自然に、自然に……!)
紅茶を一口含み、何気ない感じを装って口を開く。
「……あの……お父様とお母様も、事前にご存じだったと聞きましたが……」
一拍置いて、真剣な声で告げる。
「ティオ様と、婚約することにしました」
すると――
「やっと? よかった〜〜」
両親が同時に満面の笑みを浮かべた。
「…………やっと!?」
ルシの目が丸くなる。
(そんな待ってた感じなの!?しかも“いつかそうなる”前提で話してない!?)
「ほんとに……あんまりもたもたしてると、ティオが逃げちゃうんじゃないかって心配してたのよ〜」
「……ティオ!? そんな呼び捨てする仲なんですか!?」
「……? そうだけど?」
当たり前のように返す両親に、ルシは固まった。
(……ティオ様、まじで何したんですか……?っていうか、私より両親と仲良くない!?)
戸惑いと焦りで口の中がカラカラになりながら、紅茶を口に運んだ。
「ちなみに……ティオが“婿に入る”って言ったときも、すっごく良い顔でねぇ」
「うんうん、彼は良い青年だ。顔も性格も完璧じゃないか。……で、いつ結婚するんだ?」
「ちょ、ちょっとお父様まで!? まだ婚約するって言っただけですからね!?」
お父様は、確かめるように頷いて喜びをかみしめているようだった。
「婚約式はこちらで準備進めておくからな。招待状の手配もあるし、式場も決めねば」
お母様はにこやかに微笑みながら、「まあ、それまでにいっぱい仲深めておきなさいね」と含みのある言葉を投げてきた。
私はもはやパンをかじりながら苦笑するしかなかった。
(……侯爵家ってこんな緩くて大丈夫なの……?なんならティオ様が一番真面目じゃない!?……というかあれ言わないと!)
両親が盛り上がっているのを制止するように、ふと口を開く。
「そうだ、お父様。以前お話していたドレスサロンの視察、また日程を組んでいただけますか?」
その瞬間――
「……!!」
お父様の目がギラリと光った。
「ルシが……ついに……!!」
「えっ!?な、なんですか……!?」
勢いよく立ち上がりかける父の姿に、ルシは思わずのけぞった。
「よし、やっと後継者教育を受ける気になったな!!」
「えっ、あの……私はただ、自分のドレスを新調できないかなって思っただけで……!?」
お父様の熱に押され、ルシは苦笑いを浮かべる。
「あとで執務室に来てくれ。詳しい話をしよう!」
「え?あ、は……い……」
(……やばい、完全に誤解されてる……)
ティオ様のためにドレスを作りたい――ただそれだけだったのに。まさか後継者教育に話が飛ぶとは、ルシも予想していなかった。
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