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2話 呪われた公爵と“隠された令嬢”――求婚状に込められた願い

××すぎるんです、公爵様・・・っ! セレナ レオン 呪われた公爵と“隠された令嬢”――求婚状に込められた願い ××すぎるんです、公爵様・・・っ!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。


若くしてノクティス公爵家を継いだレオンは、
父の死と引き換えに受け継いでしまった“呪い”と共に生きていた。

ある日、彼のもとへ届いたのは――
黒髪と黒い瞳を持つ、”聖女”に関する奇妙な噂だった。





冷たい風が路地を吹き抜け、銀色の髪を揺らした。
古びた看板が軋み、打ち捨てられたような古書店の扉がぎぃと音を立てる。

(また……見当違いかもしれない)

それでも、彼は迷わず扉を押し開けた。
埃の匂いと、古紙の匂いが混じった空気が、肌にまとわりつく。

 

父が世を去った十八歳の時、
それは、ゆるやかに始まった――

最初は倦怠感と微熱だった。
だが月日を経るごとに症状は悪化し、鋭い痛みと共に身体を蝕んでいった。

まるで臓腑を握りつぶされるような激痛。
時には骨が凍えるような悪寒に襲われ、剣を構える手も震え出す。

呼吸さえままならない日もあった。

だが、誰にも弱さを見せるわけにはいかなかった。
公爵としてとして、領地を守る者として。
ただひとり、耐え続けてきた。

 

そんな日々の中、彼はありとあらゆる書物を漁った。

帝国中の文献を巡り、修道院から古文書を取り寄せ、禁書とされる書物にまで手を伸ばした。
ページを繰る手が震えても、文字が霞んでも、止まることはなかった。

それは、命の残火にしがみつくような日々だった。

 

そんな中で耳にした、ひとつの言い伝え。

“黒髪に黒い瞳を持つ、聖女”についての伝承――

半信半疑だった。
けれど、そのわずかな希望に縋るようにして情報を辿り、今日、この場所に辿り着いた。

 

「……『禁忌年代記』」

埃にまみれた本棚の奥、その名が視界に止まった。
店主がひょっこり顔を出す。

「あんた、それか? 古くからあるけど、怪しいし、内容も胡散臭ぇよ。気味が悪いって言う奴もいる」

レオンは表情を変えず、低く言った。

「構わない」

本を開いた瞬間、不思議な鼓動が胸に響いた。

 

そこに記された一節。

 ――『聖女は、黒の髪と瞳を持ち、災いを祓う力を持つ。』


それを読んだ瞬間、彼の中で、点と点が繋がる音がした。



静かな執務室。
厚い扉の閉じる音が、石造りの空間にひときわ響いた。

傾いた陽の光が、窓から差し込んでいる。

 

レオンは静かに本を閉じ、深く息を吐いた。
そこにあった記述は、これまでのどの文献よりも“真実”に近いと感じた。

未知の古代語も交じっていたが、確信はあった。

――黒髪、黒い瞳。
不吉とされ、人々に避けられてきた色。
だが、もしそれが“癒し”の証だったとしたら?

「……聖女」

その言葉を、まるで祈るように口にした。

 

「公爵様、何か収穫は……?」

控えていた従者が、緊張気味に問いかける。

「あぁ。アレク、黒髪に黒い瞳の者を探してくれ」

「……! すぐに調査いたします!」

勢いよく部屋を飛び出していくアレクの背を見送り、レオンは小さく目を伏せた。



ノクティス家の呪いは、世代を超えて繰り返されてきた。


若くして命を落とす。
死すれば、次の男児に呪いが移る――

父の死を境に、自身にも発症したその“因果”。

もう、終わらせなければならない。

 

彼は椅子に深く腰を沈め、指先で『禁忌年代記』の表紙をなぞった。

「……黒髪、黒い瞳」

その言葉が、何度も胸の中でこだまする。
くだらない伝承かもしれない。迷信かもしれない。

だが、確かに胸が熱を帯びている。
少しだけ、光が差し込んできたような気がしていた。

(……本当は、誰かに救われたかったのかもしれないな)

 

そこへ、アレクが駆け戻ってきた。

「アルシェリア伯爵家の次女・セレナ嬢が、黒髪に黒い目をしているそうです。どうやら不吉だとされて、屋敷の中でもひっそりと過ごしているとか……。ですが、すでに“黒髪の娘”として帝国のあちこちで噂になっています」

「……アルシェリア伯爵家か」

表に出てこない娘の存在を、以前どこかで耳にしたことがある。


(……隠されている、か)

伯爵家の令嬢として生まれながら、名を持ちながらも、その存在を覆い隠されているという現実。

貴族としての地位がありながら、尊厳も、自由も、与えられていない――。

少しの沈黙の後、彼はふっと息をついた。

「……求婚状を送る」

「……えっ」

アレクが小さく驚くのをよそに、レオンは静かに続けた。

「こちらから迎えることで、彼女を安全な場所に置ける。その上で、屋敷での暮らしも整える。食事も、医療も、必要なものはすべて用意する」

そう、ただ彼女を側に置くために、最も妥当で確実な手段が“結婚”だっただけだ。

公爵家当主としても、聖女を囲う口実としても―― 誰にも咎められず、誰の干渉も許さない方法。

 

「……そんな、よく考えなくていいんですか!?」

「あぁ、元より誰とも結婚するつもりなどなかったしな。それ以外に彼女をここに連れて来るいい口実はない。」


アレクは目を見開いたまま、少し固まっていたがやがて諦めたように書類の準備を始めた。


「……ついでに、この本をティオの研究室に届けてくれ」

唯一の協力者に、確信の書を託す。

 

彼女が、この呪いを断ち切る光。
たとえ、それが希望的観測だったとしても――

彼は、信じてみたかった。

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