セレナの唇が、名残惜しそうに離れる。
そっと目を開くと、レオンの瞳が真っ直ぐに見つめていた。
そこに宿っていたのは、深くて熱い、想いの色。
ほんの一瞬、時間が止まったかのような沈黙がふたりの間に流れる。
「……もう、止まれない」
低く囁くような声とともに、レオンの手がセレナの頬に触れた。
吸い寄せられるように、ふたたび唇が重なる。
今度のキスは、さっきのような優しさだけではなかった。
けれど、荒々しさではなく――ただ、ひたむきな想いが込められていた。
思わずこぼれた声を、レオンが静かに受け止めるように、唇を深く重ねてくる。
柔らかな感触が、確かに想いを伝えてくる。
触れるだけから、少しずつ形を変えていく。
唇が唇を挟むように、やわらかく、熱を伝え合うように。
(……好き。どうしようもないくらい、好き)
セレナの胸の奥が、ふるふると甘く震えた。
鼓動も、息遣いも、すべてが彼と溶け合っていくような気がして――
世界には、もうふたりしか存在しないように思えた。
そして、ふと。
温かなものが、唇の間をそっとくすぐる。
「……っ……」
柔らかな熱に触れた瞬間、セレナの体が小さく震える。
胸の奥から、くすぐったい甘さがこみ上げてきた。
(……こんな気持ち、初めて……)
初めて知る感覚に、思わず目を閉じる。
彼と想いが交わるたび、身体の奥が優しく反応するのを感じた。
口付けは静かに、けれど情熱を秘めて重ねられていく。
熱と熱を伝え合うその感触が、胸の奥に深く染み込んでいくようだった。
「……セレナ」
レオンの声が、低く耳元に落ちる。
その響きだけで、また胸が高鳴る。
「……っ、公爵、さま……」
震える声に、レオンが眉をひそめた。
「……名前で、呼んで?」
セレナの瞳が、驚きに揺れる。
その一言で、胸がきゅうっと締めつけられるように熱を帯びた。
「レ……オン様……」
「様も、いらない」
思わず肩が跳ねるほど、優しく、それでいて確かな声音。
それに押されるように、セレナは静かに呟いた。
「……レオン……」
その瞬間、レオンの瞳がかすかに揺らいだ。
「……そんな風に名前を呼ばれたら……」
再び唇が重なる。
その優しさに、セレナの心はゆっくりと溶けていった。
どれくらいそうしていたのか。
唇が名残を残すように離れていき、額を寄せ合ったまま、ふたりは静かに息を整える。
セレナの頬は熱を帯び、唇は少し震えていた。
そして――レオンはふと我に返ったように、少しだけ身を引いた。
「……ごめん」
低く、けれど優しい声だった。
「体調が戻ってきて、少し冷静になったら……無理をさせてしまったかもしれないって」
セレナが首を振ろうとするのを、そっとレオンが制す。
「君のことを想う気持ちが、大きくなりすぎて……止められなかったんだ」
彼はそう言って、セレナの手をそっと握った。
「出会ってまだ日が浅いけど、どうしようもなく惹かれてる。 君の優しさも、かすかに揺れる笑顔も……全部、手放したくないと思ってしまう」
そう言って、レオンは一度だけ視線を伏せ、それからまっすぐ彼女を見つめた。
「……君のことが、好きだ、セレナ。順番を間違えてしまった。もっと、大切にするべきだったのに……本当に、ごめん」
静かな寝室に、ふたりの鼓動が響いていた。
セレナはしばらくの間、彼を見つめたまま黙っていた。
そして――そっと、一粒の涙が頬を伝った。
「……私……」
声がかすかに震えていた。
「こんなに……幸せだって思ったの、初めてで……」
揺れる瞳のまま、セレナは微笑んだ。
「私も……レオンのことが……好き」
その小さな声は、けれど確かに届いた。
今まで誰にも言えなかった想い。
奥深くに閉じ込めていた「誰かに必要とされたい」「愛されたい」という願いが、いま、叶えられたのだと、セレナは初めて気付いた。
レオンはそっと、彼女の涙を指でぬぐった。
「ありがとう、セレナ……君と出会えて、本当によかった」
そう言って、彼はそっと唇に触れるだけのキスを落とし、やさしく抱きしめた。
――まるで夢のようだった。
レオンの言葉が、何度も胸のなかで繰り返される。
好きだと、手放したくないと。
今まで冷たかった心の奥が、やわらかく、温かく溶けていく。
(本当に……私を、こんなふうに……)
彼の体温も、指先のぬくもりも、
さっき交わした言葉のひとつひとつも、全部が――愛おしい。
彼に触れられた場所が、まだぽうっと温かさが残っている気がした。
でもそれは、どこまでもやさしくて、甘い余韻だった。
もっと彼のことを知りたい。
もっと一緒にいたい――
そんな気持ちが、胸の奥から静かに溢れていく。
セレナはそっとレオンの胸に額を寄せ、その鼓動に耳を澄ませた。
彼の心音が、少しだけ早くて――嬉しくなって、また胸が熱くなる。
この鼓動も、このぬくもりも。
ふたりの間に生まれた、大切なものが育てていると――そう信じたくなった。
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