私は決意を胸に意気揚々と研究室に足を運んでいる。
(……今日こそは言うんだから……!)
扉の前で拳をぎゅっと握りしめ、深呼吸をひとつ。
告白して、キスされて、そしてそのまま甘いムードになって――
そんな完璧すぎるシナリオを、昨日の私は枕を相手に三回も練習したのだ。
さらにはセシルに『今日はしっかり巻いてほしいの』と頼んで、さらしも普段よりずっと強めに固定してもらって。
ーーだから、もう準備は完璧なはず。
(気合いは十分……いける……はず……!)
思いきって扉を開くと、そこにはいつものように白衣姿のティオ様がいた。
そして私を見た瞬間、ふわっと笑って――
(……やばい……顔が、良すぎる……笑顔が可愛すぎる)
その一瞬で頭の中にあったシナリオが全部吹き飛ぶ。
さらしをきつく巻いたのも、シミュレーションしたのも、全部意味を失っていく。
ティオ様の顔を見た途端、口が動かなくなってしまった。
あれほど威勢よく練習していた自分が、今ではまるで幻みたい。
「今日も来てくれたんだ?ありがとう。毎日ルシに会えるの、嬉しいよ」
「……っ」
視線を落とし、小さな声でぶつぶつ呟いた。
「だって私が行かないと……ティオ様、部屋に来て……えっちなこと、するから……」
「えっちなこと?」
不意に耳元で囁かれ、肩がびくんと跳ねた。
「……どんなこと?」
「え、あの、その……」
ますます声が小さくなり、俯いてしまう。
「……耳、たぶ……はむはむとか……」
「……ふふっ」
ティオ様が楽しそうに笑う。
完全に意地悪な顔だ。
「“はむはむ”って、そんな可愛い言い方するんだ?」
「だっ、だって……っ」
顔を真っ赤にして言い返す私に、ティオはますます楽しそうに顔を寄せてきて――
「……じゃあ今日も“はむはむ”しようか?」
と、わざとらしく囁いてくる。
一気に顔に熱がこもり、慌てて否定する。
「し、しなくていいですっ!」
「ほんとに?……耳、好きなんでしょ?」
「~~~~っ!!!!」
からかい終えると満足したように、ティオは紙袋を取り出した。
「そうだ、今日の休憩に食べようと思って買ってきたんだ。甘いの」
包みを開けると、可愛らしい焼き菓子が並んでいた。
「……わぁ。美味しそう」
「でしょ?君のこと考えて選んだんだよ」
「……っ、またそうやって……」
顔を赤くしながら一つ口に運ぶと、しっとり甘い味が広がった。
「美味しい……」
「よかった。君が喜んでくれるの、やっぱり嬉しいな」
視線を逸らす私に、ティオがふっと笑って小さく呟いた。
「ねえ、最近……僕のことばかり考えてるでしょ?」
「……っ!」
思わず咳き込んだ。
「そ、そんなこと……!」
「ふふ、ほんとに?」
「…………そうですよ。考えてますよ……っ」
しぶしぶ認めた瞬間、ティオが顔を近づけ、頬にそっとキスを落とす。
「……ティオ様っ……どうしていつも勝手にちゅってするんですかっ」
「……嫌だった?」
「~~~~~~っ!」
完全に彼のペースに振り回されている。
すると、にこにこ笑っていたティオの瞳が、ふいに真剣な色を帯びる。
「……ねえ、僕がもし他の人にこんなことしたら……君どう思う?」
「レ、レオン様なら……別に……」
「あはは、それ誤魔化してるよね?」
静かに、けれど真っすぐな声で問いかけてくる。
「じゃあ、他の人なら?」
「…………嫌、です」
心の奥から漏れた本音が、隠そうとしても口からぽろりと出てしまった。
ティオがそっと指先で私の手を包む。
「……なんで?」
優しい声なのに、どこか苦しげで。
私は俯いたまま、息を詰めた。
(……言うって決めたはずなのに……)
「ティオ様のこと、す……」
言いかけた瞬間、最後の一文字が出てこなかった。
「ねぇ、最後まで言って? ……君の口から、ちゃんと聞きたい」
指先が喉元をなぞり、甘く囁く。
顔近付き、視線が絡む。
もじもじしている私に、ティオは口元をゆるめて笑った。
「じゃあ……おあずけだね」
耳元で囁かれ、悔しくて、恥ずかしくて、でも胸の鼓動は止まらない。
……もう耐えられない。
「……じゃあティオ様は、どうなんですか?」
勢いで顔を上げると、ティオがわずかに目を見開いた。
「え?」
「私ばっかり、焦らされて、試されて……ずるいです。」
一瞬の沈黙の後に、ふっと目を細めたティオが、優しく微笑む。
「好き。……大好き。僕の方こそ毎日君のことで頭がいっぱい。目が合うたび、抱きしめたくなる。どんどん好きになっていくの、どうしよう?」
「……っ」
「ルシちゃん、……好きだよ」
そう言うと、頬に何度もキスをされた。
「ルシ……好き」
その瞳は優しくて、熱くて――
反撃のつもりで放った言葉が、想像以上に胸を撃ち抜いてきた。
「大好き……君の全部が、愛おしい」
ティオの声は甘くて優しくて――
心がとろけそうになっていく。
「……ずるい……」
「え?」
「私ばっかり、毎日ドキドキして、振り回されて……どうしたらいいのか、わからなくなるくらい……っ」
私は覚悟を決めて口を開いた。
「もう、”推し”としてじゃない……」
震える指先で白衣の裾をきゅっと掴み、息を詰めたまま彼の目を見つめる。
「……ティオ様、……好き」
……気づいたら私は、“推し”としてじゃなく――
彼自身を心から好きになっていた。
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