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13話 触れかけた唇に、恋が芽生えた夜

××すぎるんです、公爵様・・・っ! レオン セレナ 触れかけた唇に、恋が芽生えた夜 ××すぎるんです、公爵様・・・っ!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。


夜の帳が屋敷を静かに包み始めるころ、セレナは自室の椅子に腰掛け、胸の前で静かに手を重ねていた。
扉の向こうから聞こえる足音を、心の奥ではずっと待っていた。

(……もうすぐ、来てくれるかな)

レオンが訪れる夜が重なるたび、セレナの胸はふわりと温かくなる。
けれど、そのたびに喉の奥がきゅっと締めつけられるような感覚が残って、言葉にならない想いが胸に溶け残った。

ふいに、控えめなノックの音が響く。
セレナの心臓が、ほんの少し跳ねた。

「……どうぞ」

かすれた声に自分で気づいて、あわてて平静を装う。

静かに扉が開き、レオンがいつものように落ち着いた笑みをたたえて部屋に入ってくる。

「お邪魔します。……寝る前に、あなたの顔が見たくて」

「……うれしいです」

視線が交わった瞬間、胸が高鳴るのがわかった。
レオンはそっとセレナの前に腰を下ろし、やわらかく口を開く。

「……セレナ。さっき、リナから報告を受けたんだ」

「リナから……?」

セレナが瞬きを返すと、レオンは優しく微笑んだ。

「最近、君の表情が和らいで、顔色もよくなったって。とても嬉しそうに話してたよ」

「……そうですか」

その言葉だけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
誰かが自分を見ていてくれることが、こんなにも嬉しいなんて。

(……公爵様も、そう感じてくれているのかな)

視線を落としかけたセレナの顔を、レオンがそっと覗き込むように身を乗り出す。

「本当に、顔色がいい」

「えっ……?」

低く囁くような声とともに、彼の手がそっと頬へ伸びてきた。

その指先はためらいながらも確かな動きで、ゆっくりとセレナの頬を撫でた。
指が肌をなぞるたび、ぬくもりが残っていくようで、胸の奥が甘く疼く。

(……あ……)

浅くなった呼吸とともに、まつげが小さく震える。
ただ頬に触れられているだけなのに、まるで全身が熱を帯びていくような感覚だった。

ふと目が合うと、レオンの瞳には、いつもの冷静さがなかった。
深く揺れるその眼差しに、熱がにじんでいる。

「セレナ……」

名を呼ばれたとたん、レオンの顔がゆっくりと近づいてくる。

(……キス、される……?)

胸が締めつけられるように高鳴り、手がわずかに震える。
唇がそっと、微かに開いたそのとき――

吐息が、ふわりと重なった……気がした。

だが次の瞬間、レオンは動きを止めた。

その瞳がわずかに揺れ、名残惜しそうに目を伏せる。
触れていた指が、そっとセレナの頬から離れていった。

「……すみません。頭を冷やしてきます」

そう絞り出すように言って立ち上がると、静かに扉の方へ向かっていく。
その後ろ姿が遠ざかるのを、セレナは黙って見つめていた。

やがて扉が閉じる音がして、部屋は再び静けさに包まれた。

残されたセレナは唇にそっと手を添え、ぽつりと呟いた。

「……キス、されると思ったのに」

だけど、されなかった。
それでも、触れかけた唇も、交わりそうになった吐息も――
すべてが、鮮やかに心に焼きついて離れなかった。

(……してほしかった)

頬に触れられたときも、見つめられたときも、息が重なったときも――
怖さなんて、ひとつもなかった。

ただただ、ときめいていた。


(この気持ち、ずっと心の奥にあった……)

寂しさからじゃない。優しくされたからでもない。

「……やっぱり、私、公爵様のことが……好きなんだ」

初めて、自分の気持ちを口にした。
ひとりきりの夜に、小さな灯のように芽吹いた恋心。

その手のぬくもりも、伏せられたまつげも、全部――忘れられそうにない。




執務室へ戻ったレオンは、扉に背中を預けたまま、深く息をついた。

胸の鼓動が、まだ速い。

(……何をしてるんだ)

セレナの頬に手を伸ばした瞬間。
あのとき、自分の中で何かが弾けたような気がした。

ただ、顔色を確認するつもりだった。
それだけのはずだったのに。

瞳が合った瞬間、あの潤んだ瞳を見たとき、言葉にならない衝動が、全身を駆け抜けた。

(……あんな目、されたら)

触れた頬は、驚くほど熱く、柔らかくて。
その感触が、今も心に残っている。

けれど――

(……違う。あれは、違うはずだ)

セレナの力が、自分の呪いを和らげていることはわかっている。
だから体がそれを求めた。
ただ、それだけのはずだ――そう言い聞かせたかった。

(……体を楽にしたかっただけ……)

本当に求めていたのは、手だったのか。視線だったのか。
それとも――唇だったのか。

(……そんなはずはない。そういう意味で、彼女に触れたわけじゃ……)


レオンはそっと目を閉じる。

あのときの視線、差し出されたような顔、震える唇。
頭から、どうしても離れてくれない。

(……彼女が“救い”だから。だから惹かれる。それだけのこと)

特別な癒しの力を持つ存在。
公爵家にとって必要な人物――それ以上の想いを抱くべきじゃない。

深く息を吐いた。

けれど、指先に残ったぬくもりが、まだ消えてはくれなかった。

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