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12話 癒しの力と贈り物――公爵邸で芽生える想い

××すぎるんです、公爵様・・・っ!レオンセレナ 12話 癒しの力と贈り物――公爵邸で芽生える想い ××すぎるんです、公爵様・・・っ!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。


午後のやわらかな陽光が回廊を包む頃、セレナは小さな包みを手にそっと歩を進め、レオンの執務室を訪れた。

扉を叩くと、すぐに返ってきたのは低く穏やかな声――「どうぞ」。

中ではレオンが机に向かい書類を読んでいたが、セレナの姿を見て顔を上げると、筆を置いて彼女に向き直った。

「セレナ。……何か用事ですか?」

「えっと……その、これ……作ってみたんです。よければ、受け取ってください」

そう言って、恥じらいがちに差し出された包みをレオンが受け取った。
丁寧にほどくと、中から清潔な白地のハンカチが現れた。

繊細な花の刺繍が縁を彩り、片隅には小さく“L”の文字が縫い込まれている。

「午前中、リナと一緒に刺繍したんです」

セレナの顔には誇らしげな色が浮かび、どこか晴れやかな気配をまとっていた。
レオンは静かに目を落とし、やがて小さく頷く。

「……とても綺麗だ。ありがとう。大切に使わせてもらいます」

その瞳には一切の飾りがなく、真っ直ぐに感謝の気持ちが込められていた。
彼の胸にふと去来するものがあった。

――この人は、どんな扱いを受けてきたとしても、他人に壁を作らない。

伯爵家でどれほど冷たくされていたか、レオンはもう知っている。

孤独の中で育ち、居場所のない日々を過ごしてきたはずの彼女が、今こうして、使用人にも気さくに接している。
一緒に笑い、相手の優しさを素直に受け止められる――その姿に、レオンは深く心を打たれていた。


「……本当に、ありがとう」

「いえ、私のほうこそ。毎日が楽しくて……夢みたいなんです。何か、気持ちを込めたくて」

セレナは少し照れたように笑い、胸元で指を絡める。

「お忙しいなか、ほんの少しでも気が緩む時間になればと思って……。私にできることは少ないけど、せめて……」

その小さな声に、またひとつ、レオンの心がほどけていくのを感じた。





夕暮れが近づくころ。
レオンは執務室にリナを呼び寄せていた。

書類を片づけながら、彼女に静かに問いかける。

「セレナの様子に、困りごとはないか? 生活に支障は?」

淡々とした口調の裏に、わずかながら気遣いがにじんでいる。
リナは首を振って、優しく微笑んだ。

「はい。セレナ様は、毎日穏やかにお過ごしです。初めてお目にかかったときから美しい方でしたが、最近はさらに柔らかい表情をなさるようになって……顔色もとてもよくなられてきました」

その言葉に、レオンは小さく頷き、ほっとしたように息を吐く。

「……そうか。それは安心した」

だがリナは、少しの間をおいてから、そっと視線を落とした。

「……あの。失礼を承知で申し上げますが、ひとつ――少し、不思議なことがございました」

「不思議なこと?」

「はい。今日、セレナ様と刺繍をしていた時、私、不注意で指を針で傷つけてしまいまして……その際、セレナ様が手を取ってくださったのですが」

言い淀むようにして言葉を選び、続ける。

「その瞬間、痛みも血も、すぐに消えてしまったんです。本当に、魔法のように。まるで何事もなかったかのように……」

室内が静まり返る。
レオンの目が一瞬、微かに揺れた。

「……そうか」

「はい。セレナ様の前では言い出せませんでしたが……お伝えすべきかと思い、こうして参りました。ご報告が遅れてしまい、申し訳ありません」

深く頭を下げるリナに対し、レオンはゆっくりと目を伏せ、静かに言葉を返す。

「いや……話してくれてありがとう。責めるつもりはない。これからもセレナを、頼む」

リナが部屋を後にしたあと、レオンは立ち上がって窓辺へ向かった。

――やはり、彼女の中には“聖なる力”がある。
あの癒しの力は、偶然などではない。

だがそれでも、彼の脳裏に浮かぶのは、伏し目がちに笑う彼女の姿。
そして、恐れるようにそっと触れてきた、あのぬくもり。

(彼女は……自分の力に気づいているのだろうか)

――あの微笑みを、曇らせたくはない。

そう強く、レオンは胸の内で願った。


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