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10話 手をつなぐだけで、胸が高鳴る夜

××すぎるんです、公爵様・・・っ! セレナレオン 第10話 手をつなぐだけで、胸が高鳴る夜 ××すぎるんです、公爵様・・・っ!
※本作品は過去作をもとに、一部表現を調整した全年齢版です。物語の世界観はそのままに、より読みやすく再構成しています。



やわらかな光が差し込む部屋で、セレナはふと目を覚ました。
窓の外では、すでに陽が高く昇っていて――


(もう、お昼近く?)

そっと体を起こし、あらかじめ準備されていた洗面道具を使って、軽く身支度を整える。
その時、ノックの音がして、リナが朝食を載せた盆を持って入ってきた。

「おはようございます。お疲れは取れましたか? 公爵様が、長旅の疲れもあるでしょうから、朝は無理に起こさずに――とおっしゃっていたので」

「――公爵様が……」

盆の上には、香ばしい焼きたてのパン、温かいスープ、そして淹れたてのお茶。
どれも優しさがにじんでいて、胸の奥まで温かくなる。

セレナがお茶を手にしたその瞬間、


「奥様、身支度も私がいたしますのに……」


リナの一言に驚き、思わずお茶をこぼしてしまう。
耳に馴染みのないその“奥様”という呼び名に、反射的に声が漏れた。

「えっ、奥様……?」

「はい。この屋敷の奥様ですから」

リナは曇りひとつない笑顔でそう言いながら、戸惑うセレナに構わず続けた。

「実は、公爵様から“正式に婚姻が成立したと伝えるまで、お嬢様とお呼びするように”と命じられていたんです。いきなり奥様と呼ばれたら、戸惑われるでしょうからって……。奥様のことを、とても大切に思っていらっしゃるのですね」

「そ、そうなんだ……」

部屋の造りひとつひとつからも、私のために用意されたことが伝わってくる。
ここに、私の“居場所”を作ってくれようとしている――そんな気持ちが、じんわりと胸に沁みて、嬉しくてたまらない。

昨日からずっと、くすぐったいような、心がふわふわするような気持ちが何度も押し寄せていた。

(でも、奥様って……やっぱりまだ、恥ずかしすぎる……胸がむずむずしちゃう)

「……リナ、その気持ちは嬉しいんだけど……できれば、名前で呼んでくれたら」

「はいっ! では、セレナ様と呼ばせていただきますね」





――夜。

穏やかな一日だったはずなのに、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなる。

(……“一日一回”って言ってたし、今夜も来てくれるのかな、公爵様)

あの時の温もりが忘れられなくて、ふと思い出すだけで、手のひらが熱を帯びていく。

(おかしいな……ただ手を繋いだだけなのに)

そんなことを考えていると、扉の方から控えめなノック音が響いた。
セレナは思わず肩を跳ねさせ、「どうぞ」と声をかける。

入ってきたのは、昨日と同じ、整った所作で歩くレオンだった。
その姿を見ただけで、顔が熱を持つ。

「……疲れは、取れましたか?」

レオンはそう言いながら、静かにセレナの隣へ腰を下ろす。
昨夜の出来事が頭をよぎって、鼓動が一気に速くなった。

「……はい。ぐっすり眠れて、リナもとても親切にしてくれて……」

「それは、よかった」

レオンの穏やかな返答に、セレナの胸がまたざわめく。

(こんなにどきどきしてるのは、私だけ?)

こっそり彼の顔を見上げると、表情は変わらないのに……耳が赤く染まっていた。

(もしかして……公爵様も、照れてる……?)

その瞬間、レオンがそっと手を伸ばしてきて、彼女の手に触れる。
セレナの体は自然と震えた。

「今日も……手を繋いでもいいですか」

その声は、昨夜より少し掠れていて、それだけで胸が締めつけられそうになる。

「……はい」

頷いたと同時に、レオンの指が、彼女の指の隙間をゆっくりと撫でるように絡みつく。
まるで恋人のように結ばれた手のひらから、温もりがじわじわと伝わってきた。

逸らしたままの視線――でも、その手だけは確かに重なっていて。

(やっぱり、公爵様も……恥ずかしいのかも)

指が、やさしく包み込むようにセレナの手を覆う。

「……本当に、体が軽くなる」

その低い声が耳元に届くたびに、心が震える。

「……私もです。あたたかくて……離れたくないって……思っちゃいます」

ポツリとこぼれたその一言に、レオンの手がピクリと動く。
見上げた視線の先、ほんの一瞬だけ、彼の表情が揺れたように感じた。

(もっと……もっと、この手の温もりを感じていたい)

思わず、指先を少しだけ動かして、ぎゅっと握り返す。
するとレオンの親指が、ごく自然に、甲をそっと撫でてくる。

「……セレナ」

その名を呼ばれた瞬間、胸がきゅっと詰まる。

(どうしよう……さっきより、鼓動が大きい……)

「もう少し、近くに行ってもいいですか」

優しさがにじむ声に、セレナは小さく頷いた。

「……はい」

その返事を聞いたレオンは、手を握ったまま静かに身を寄せてくる。
肩と肩がかすかに触れる距離。

それだけで、セレナの心臓はさらに高鳴った。

(……この時間が、ずっと続けばいいのに)

しばらくのあいだ、ふたりは言葉を交わさず、ただ静けさを共有していた。
でもその沈黙は、不思議と心を満たしてくれる。

(誰かと並んでいることが、こんなにも心地いいなんて――)

セレナは伏せたまぶたの奥で、指を見つめた。

「……そろそろ、おやすみの時間ですね」


レオンの声がやわらかく響き、どこか名残惜しさを感じさせた。

「……はい」

離れていく指の感触に、少しだけ胸がきゅっとなる。
でもすぐに、レオンがやさしく微笑んでくれた。

「おやすみなさい、セレナ」

「……おやすみなさい、公爵様」

扉が閉じ、部屋は再び静けさに包まれる。

だけど、指先にはまだ温もりが残っていた。
胸の奥には、ほのかに灯った光が、やさしく揺れていた。

ベッドに横たわり、セレナは両手をそっと胸に重ねる。

(……まだ、ドキドキしてる)

眠気よりも先に、彼の記憶とぬくもりが心を埋めていく。

(これはあくまで、公爵様の体のため……私の気持ちは――関係ないの)

けれど胸は、それを否定するように熱を残したまま。

静かに、更けていく夜。

やわらかく甘い夢に包まれながら、セレナはそっと目を閉じた。

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